第二百六十話 守護防壁
脳内再生BGMはヒロ○カの『You Say Run』
地上から空へと解き放たれる紅の閃光。発射の予兆は読めず、一度撃たれれば回避不能。であれば、要塞防壁を構えながら俺は九尾狐に向けて急降下する。
光を真正面から受け止めると、瞬く間に強固であるはずの防壁に罅が入り、崩壊を始める。
「分離ッ!」
「──ッ!?」
要塞防壁の中央を真紅が貫通する直前、俺は要塞防壁を剛腕手甲ごと分離する。鎧を構成する魔力ごと防壁に費やす事で、ほんの一瞬だけ真紅を耐える間を作る。俺はその隙に軌道を変えて、閃光の射線から逃れる事に成功した。
直撃こそ避けたものの、真紅の光が秘める熱量は凄まじく、その側を通過するだけで肌が炙られる。息をするだけでも喉の奥が焼ける中で、構わず俺は九尾狐へと疾駆する。ほとんど墜落する勢いだが構やしない。
九尾狐は、ここにきて最大の規模で九の尻尾から紅の光線を放った。一つの尾から放たれた光が途中でさらに枝分かれし、視界が無数の熱線で埋め尽くされる。威力を落とし、数と速度で俺を狙い撃つつもりなのか。
「だからどうしたぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
翼の推力をさらに上げて、迫り来る光線群に突っ込んでいく。
軌道を考えている時間も余裕もついでに体力もなく、回避はほとんど勘任せだ。肌に感じる魔力の動きとこれまで撃ち込まれてきた僅かの間に蓄積した経験を頼りに入り乱れる紅の光線を避けていく。
剛腕手甲を改めて投影する余地はない。操れる魔力の全てを推進力に回す。それだけでは足りず、首を傾げて、腕を持ち上げて、ついでに腰の捻りも加える。完全に回避はできずに、ところどころ掠めていくが、痛覚がそろそろ鈍くなってきていた。
体の痛みよりも、頭痛がいよいよ凄まじくなってきた。頭の内側から鋭い錐が飛び出すのではないかというほどだ。
なのに、強烈な痛みが頭を苛む一方で、周囲の状況はより一層に明快に認識できるようになっていた。勘に任せての動いているはずなのに、不思議な事に最も弾幕が薄い正解の順路へとたどっているようで。
──いや、違う。
頭の痛みと比例するように、己を取り巻く環境を鮮明に認識できるようになっていた。
真紅の光が放たれた時もそうだ。あれもどうしてか、どのタイミングで放たれるのかまるで事前に分かっていたかのように体が動いていたのだ。
魔法使いは大なり小なり、魔力の気配に敏感だ。魔力の動きを察すれば魔法の発動を察するし、練達者になればその魔法の質や種類までも判断できる。俺だって決闘では魔力の流れや脈動で相手の攻撃タイミングを測ったり気勢を読んだりはする。
『これ』はその範疇に収まるものではなかった。極限状態で感覚が研ぎ澄まされた、なんて次元ではない。自身を取り巻く魔力の流れが手に取るように分かるのだ。
俺の動きが劇的に変化したり急激に加速したわけではないのに、不思議と魔法が命中しなくなり、九尾狐が困惑した──ように感じられた。この距離では表情は見えないが、放たれる魔法がさらに増えた事で動揺が分かった。
俺もどうしてこんなになっているか分からない。しかしながら、今の俺にその感覚を深く考えられるほどまともな状態ではなかった。口や耳から中身が飛び出てしまうのではないかという、とてつもない頭痛が押し寄せてきていた。
挙句の果てに、視界まで明滅してくる始末。ほとんど目も見えなくなってきていた。それでも俺は周囲に漂う魔力を介し、自身を取り巻くほとんどを知覚していた。
目前を紅の閃光が過ぎる。僅かでも反応が遅れれば致命傷は必至。なのに当たらない。幻獣が魔法を放った時点で、俺はそれがどんな軌道を描くか分かっていたからだ。
いつしか、九尾狐が目と鼻の先にまで迫っていた。
幻獣の表情が驚愕に歪む。よもやここまでの接近を許すとは思っていなかったのだ。。
そして、驚愕した事実を許せなかったのか、九尾狐は怒りを顔に浮かべる。悠然とした佇まいから一点、四肢で地面を踏み締めると、顎を開き真紅の光を撃つ。魔力の溜めも陣の構築も簡略化し、射程も威力も先ほどより低いが、それを補って余りある不意の一発だ。
この距離ではどう足掻いても回避は不可能であるし、何より要塞防壁を使うための剛腕手甲が俺の右腕には存在していなかった。 おそらく、幻獣はそれを見越しての魔法だろう。
──ようやく俺は理解した。
きっと、すぐに忘れてしまうと知りながらも。
この全てを理解したような知覚の正体をこの瞬間だけ分かったのだ。
俺自身の魔力だ。
辺り一面に漂っている俺の魔力が──その流れが、俺を導いている。
なぜどうしてという根拠はこの際どうでもよかった。
分かっているのは俺の魔力がこの場に大量に存在している事実のみ。
で、あるならば。
考えるよりも先に体が動いていた。
やることは単純だ。
その漂っている『俺の魔力』を掴み制御する。
空気中に存在する自身の魔力を惜しみ無くありったけを注ぎ込む。
「守護防壁」
前方に掲げた腕の先。掌から投影されるのは、堅牢無比の盾。幾層にも折り重なった純正の防壁で形成されたそれは、至近距離から放たれる灼熱滅却の光を正面から受け止め──変わらず健在。まさしく揺るぎもしなかった。
そして──。
「俺は言ったぞ。一発、叩き込むって」
いよいよ目を見開く九尾狐を前に、掲げた右拳をグッと引き込み、同時に防壁が変形。形作られるのは剛腕手甲を凌駕する魔拳。
冠する名は──。
「巨人殺しの大鉄拳ァァァァッッッッ!」
俺の放った乾坤一擲の巨大な手甲が、ついに幻獣を捉えたのであった。




