第二百五十九話 最後に残ったたった一つの──
──幻獣と遭遇していかほどの時間が経過したであろうか。
とはいうが、進化を継続できている時点で、それほど長時間が経っているわけではないのだろう。ほぼ体力万端の状態からの発動であることと調整も続けていたため、以前よりかは長く状態を維持できる。
けれども、時間の経過を考えるのが億劫になるほど、俺の心身は疲弊していた。
大雑把に九尾狐の魔法を部類していたが、俺の想定を超えてまだまだ引き出しを持っていた。
尻尾の先端から火炎ではなく紅の『熱線』が放射される。ただの火炎よりも速度が速い上に威力も高い。通常の防壁では一発は耐えられても二発目以降は貫通する威力を持っていた。
唯一の救いは火炎ほどの連射力はない点だが、高速で迫ってくる熱線を完全に回避し防ぐのは困難を極めた。
「ぐあぁっ!?」
展開した防壁の隙間を抜けて、灼熱の光が俺の足を掠める。傷口は瞬時に焼かれ出血はないが、代わりに地獄のような痛みが走る。その刹那、ほんの僅かだが魔力の制御が乱れ、背中の翼が推力を失う。
当然、幻獣がその隙を見逃す筈がない。九つの尾から放たれた熱線が、俺を射抜かんと殺到する。翼から魔力を発し、跳躍も交えてその場から逃れるも、やはり全てを回避するには至らずに何本かが体を掠める。
上下の感覚が曖昧になり、内臓や頭が揺れるのも構わず我武者羅に回避機動を取る。
序盤に九尾狐が辺りの樹木を焼き払い薙ぎ払ってくれたおかげで、余計な障害物がないのは助かった。今の俺に周りに様子を認識して避けるなどという余裕はない。
ただ、邪魔な木々はなくなろうが、絶対に無くならないものが存在した。
「ッ、しまっ──ぁぁぁああああああああああっっっっ!?」
いつの間にか、超低空飛行していた。熱線をギリギリで回避した時点で気がついてももう遅い。俺の体はそのまま迫る地面に叩きつけられた。
高速飛行中で速度もかなり乗っており、体を何度も打ち付けながら転がる。
進化の維持と意識だけは辛うじて繋いだが、それ以外は満身創痍に違いなかった。身体中の肌が焼けるように──というか実際に焼けており、加えて熱線で体のあちこちに黒く焦げた傷跡が穿たれ、痛くないところがもはや存在していない。
「あーくそっ。何でこんな事になってんだよ……本当に何でだ?」
極度の緊張と疲労で、思考が定まらなくなってきていた。どうして幻獣などという正真正銘の『怪物』とやり合っているのか、思い出せなくなっていた。やり合っているというか、一方的に燃やされているだけなのだが。
吸魔装腕が先ほどから五月蝿いほど唸りを上げているのは、そちらの制御を全開にしたまま手放しているからだ。既に魔力は満タンにも関わらず、ガンガンと周囲の外素を吸い上げるもんだから、余剰となった魔力がこれまたガンガンと翼を通じて外へと放出されていく。
「頭まで痛くなってきたし……あぁぁぁぁいよいよヤバくなってきたか」
思考がグルグルと頭の中で渦巻いている感じだ。考えの切れ目がなくなり、一瞬前に浮かべていたことも次の瞬間には別の情報に上書きされていく。
自身が限界に達しているのは理解できていたが、魔法の意地制御だけは揺るぎない。これもやはり、大賢者から賜った苛烈で容赦無く無慈悲な訓練の賜物であろう。思考が掻き乱されて支離滅裂に成り果てていようとも、最後の最後の一線だけは辛うじて保っていた。
倒れてから一秒か、あるいは一分か。
力を抜き眠りに付きたいと訴えている両手足を叱咤し立ち上がる。気を抜いた瞬間に膝が折れそうになるも、根性で踏みとどまる。
二本の足で地面に立ち、ようやく視線が前に持ち上がった。
トドメを指す間などいくらでもあっただろうに、九尾狐は黙って俺を見据えている。
遠目からでも不思議と幻獣が浮かべている表情が分かった。
絶対強者としての余裕は以前と変わらず。なのに不思議と、最初の頃のように俺を嘲るような気配は薄れていた。
どことなく、大賢者との修行が胸中に過ぎる。
──さぁ、次はどんなものを何を見せてくれるんだ?
俺が新しい魔法を考える度に、それをお披露目する度に、大賢者は心底愉快そうな顔を浮かべていた。会心の出来を見せるたびに、それらを容赦無く叩き伏せられたものだ。でも最後は、いつも婆さんは褒めてくれた。師匠に認められると、やはり嬉しいものだった。
婆さんのそれと九尾狐の顔が、妙に重なって見えた。
「いいぜ、上等じゃねぇか」
だからだろうか。
激しい頭痛と疲労でぼやけていた思考が定まる。
細かい事はもはや捨ておけ。
胸の奥から込み上げるものに身を任せろ。
その為に全てを注ぎ込め。
俺がこれまで培ってきた技術を、経験を、魔法を。
──キンッ、キンッ、キンッ。
吸魔装腕の回転翼が限界を超えた速度で回転し、魔力が火花のように散り舞う。とてつもない勢いで魔力の吸収と放出を繰り返しながら、俺は構える。
「見てやがれよ──」
魔力の放出を一瞬だけ、堰き止める。当然、体内の魔力が逃げ場を失い破裂しそうになる。体が弾け飛ぶ感覚のさらに寸前で封鎖を開放すれば、背中の翼からとてつもない勢いで魔力が溢れ出し、俺の体を瞬く間に上空へと押し上げる。
達した高さはこれまでで最高度。幻獣も俺も、互いが小さな点になる程の距離だ。
この距離からでも、九尾狐の魔力が高まっていくのがわかる。これだけ離れれば、九尾狐が真紅の光を放つのは分かり切っていた。
分かっていたが、俺の頭からその辺りを冷静に考える余地は消滅していた。
今の俺を突き動かすのは、たった一つの衝動だけだ。
「その面に一発、今から叩き込みにいくからなぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
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