第二百五十八話 真紅の光
幻獣──九尾狐に堂々と啖呵を切って見せたものの、半分くらいは後悔し始めていた。
ひっきりなしに降り注ぐ火炎に、時折に混ざる豪炎。学校が支給してくれた制服はすでに所々が焦げ付いており、その下も含め肌は至る所に火傷を負っていた。
九尾狐が扱う魔法は大まかに分けて四つに部類する。俺が暫定的に仕分けしたもので、もしかしたらもっと数が多いかもしれないが、深い考察に思考を割いている余裕は全くない。既に頭の中は魔法の処理と状況判断で崩壊寸前なのだ。
一つは、九つの尾からそれぞれ放つ火炎。見た目は炎弾に酷似しているが、威力は中級魔法のそれに匹敵し更に連射もできる。そのくせ小回りが効く上に対象を追尾する効果まで付与されているとくる。
これは動きながら、直撃しそうなものだけを防壁で防げばどうにかなる。ただし、連続で受けると衝撃で動きが鈍ってくる。
二つ目は尾の炎を収束させて放つ火球。速度や取り回しは火炎に劣るものの、威力は上級魔法並み。尾の炎を合わせれば合わせるほど威力と熱の範囲が上昇する。要塞防壁で受け止めることは可能だが、真正面から防ぐと動きが硬直するので注意が必要。可能であれば射撃でこちらに届く前に破裂させるのが最善。
三つ目は火柱。前二つに比べれば使用頻度は圧倒的に少なく、出会い頭の一回を除けばほとんど言っていいほど使ってこない。投影からの発動までは瞬時であろうが、投影そのものに時間が掛かると推定。戦闘が始まってから一度使われたが、魔力の動きに特徴があったために回避はさほど難しくなかった。おそらくは不意打ちに特化した魔法だ。
そして四つ目──これが一番に厄介で凶悪な魔法である。
独断と偏見で即席の分析ではあるが、相手が格上である以上、危険は覚悟の上だ。幻獣が操る魔力の動きがら四つの行動の内どれかを瞬時に判断し、対応していかなければ後手に回るばかりだ。
五つの尾から放たれる火炎の弾幕を掻い潜り、どうにか間合いを詰めようと方向転換するが、九尾狐はすでに三つの尾を収束させた玉を投影し、俺に向けて放っていた。
「舐めんなよっ! 重魔力機関砲!!」
回避運動の最中で既に剛腕手甲を射撃形態に変形。迫り来る火球に向けて弾頭を発射。燃え盛る球体の表面に着弾すると、空気が限界まで詰まった袋を針で
刺した時のように弾け飛ぶ。当然、灼熱が撒き散らされるが、直撃でなければ要塞防壁で問題なく耐え切れる。
いまだに燃え盛っているが、弾けた瞬間の灼熱さえ凌げばこちらのものだ。いまだ揺らめく炎が逆に目眩しとなり、中を突っ切る俺を幻獣から隠してくれる。
「ずぁぁぁぁっちぃぃぃクソだらぁぁぁぁぁぁっっ!」
自身が仄かに焼ける臭いが鼻に触れるが、顔を顰めている余裕は僅かもなかった。炎の中から飛び出し、ヤケッパチに叫び声を上げながらいよいよ俺の間合いが近づいてくる。
「とりあえず、いい加減に一発殴らせろぉぉぉっっっ!」
散々好き勝手に魔法を撃ち込まれ炙られ放題で、俺もいい加減に頭に来ていた。危機的状況下で思考もかなりヤバくなっている。仕切り直しも含めて一撃を見舞おうと剛腕手甲を振りかぶった。
拳の間合いに入る直前。
──幻獣が口元に浮かべた笑みで、誘い込まれたのだと気が付いた。
五つ尾で火炎。三つの尾で火球。それらの魔法に紛れて気が付かなかった、最後の一尾による投影。俺の真下、地面に小規模ながら強い魔力が集まっていた。魔獣を黒焦げにしたあの火炎柱の魔法。俺が強引に接近してくるのを見越して、罠を仕掛けていたのだ。
「さ・せ・る・かぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」
魔力翼の向きを変え、強引に拳の軌道を転換、正面から下に変更。発動直前の魔法陣に魔力鎧の鉄拳を叩きつける。
音を立てて幾何学模様が崩壊し、魔法の発動を防ぐには成功。けれども強引に陣を破壊したことで、込められていた魔力が衝撃を伴って解放されてしまう。それらを至近距離からモロに浴びてしまった俺は勢いよく跳ね飛ばされてしまった。
姿勢制御も何もあったものではない。放物線を描いて吹き飛んだ俺はそのまま地面に墜落する。反射的に受け身を取っていたのは、師匠にしょっちゅうぶっ飛ばされていたおかげである。
だが、直接的なダメージこそ負わなかったものの、非常にまずい事態になった。思っていた以上に吹き飛ばされたらしく、つまりは九尾狐とかなり離れてしまったのだ。
ハッとなり、幻獣に眼を向ける、
九尾狐の纏う魔力が急激に高まっていくのを感じ、同時に獣の口元から複雑な幾何学模様を彩った魔法陣が投影される。
「マッ────ズイッッ!」
俺は大慌てで魔力翼を吹かして上空へと飛び上がる。急激な加速で体液やら内臓やらが動いて気持ち悪いが、構っている暇はなかった。
空へと舞い上がった俺へ、九尾狐は鼻先を向ける。そして、投影された魔法陣から一際に強い魔力が発せられると、口を開いた。
──真紅の光が、空を貫いた。
俺が暫定で部類した、九尾狐の使う四つ目の魔法。
口から発せられる真紅の魔法。
これまで幻獣が使ってきたものの中で、最も凶悪な性能を秘めた攻撃魔法。発動から着弾までほぼ同時で、回避行動を挟む余地など皆無。空へ飛んだ時点で要塞防壁を展開していなければ直撃だ。
しかし、だ。
「……やっぱりそうなるよな」
光を受け止め──受け流しに使った要塞防壁の外側が、ものの見事に欠けていたのだ。
ちょっとした自慢にはなるが、要塞防壁は俺の持ちうる魔法の中でも最高強度を誇っていた。これだけは強化や進化を取得してからも変わらず、最も信頼できる防壁であった。
ミュリエルとの決闘で要塞防壁が崩壊したことはあが、があれは度重なる衝撃を経て再構築する余地がなかったからだ。時間制限があるとはいえ、常に外素を内素に転換し続ける進化であれば即座に再投影が可能。つまりは最も高い強度を維持しているはずなのに、この様だ。
こんなのは超化を身につけ、要塞防壁を編み出してから初めてだ。
否、実は前に一度、要塞防壁が破れたことがある。
「大賢者の魔法に匹敵するかよ。正真正銘の化け物じゃねぇか」
超化を会得してから要塞防壁の調整を行っている際に、その最大強度を試すために大賢者が投影した魔法を受け止めた時だ。自信満々で構えていたところに、凶悪すぎる魔法が投影され視界が明滅したと思った次の瞬間には、防壁の半分がごそっと削り取られていたのだ。
九尾狐が使った今の魔法は、あの時に大賢者が放ったものと雰囲気が似ていたのだ。
最初に使われたのは、火炎と火球の前に攻めあぐね、大きく距離を取っていた時に使われた。
投影された瞬間にほとんど無意識に要塞防壁を構えたのだが、大賢者との経験がなければ体の一部か大半を失っていたかもしれない。
以降も、こちらが距離を取ると躊躇なくあの真紅の光を放ってくる。
「そもそも、お試しで使っていい威力じゃなかっただろ、あれはっ」
結果的には助かったが、あの時の婆さんが全く悪びれもなくカラカラと謝を述べる光景を思い出して憤慨が込み上げてくる。
回避不能であるにも関わらずあえて空に逃れていたのは、あの光を地上で撃たれ、万一にでも森の外にまで届けば本営の教師や生徒達に被害が出かねないからだ。
幸いにも、初めの一発目は森の奥側を背にする形で撃たれたのでおそらく被害は出ていないだろう。
それからは兆候が見えた瞬間に可能な限り空で受けるようにしているが、積極的に受けたいものではない。要塞防壁に角度をつけてどうにか受け流しているが、受け損ねれば防壁ごと肉体を撃ち抜かれて終わりだ。
最初に撤退を選ばなくて正解であった、あんなのを背後から狙い撃たれたら避けられる自信はないし防ぐのも無理であっただろう。
言い換えれば、どう足掻いてもあの幻獣から逃げ出すのは不可能だということだった。




