第二百五十七話 不在の不安
森の異常事態が発生し、生徒の救助及びに捜索がひと段落して……。
「僕たちも捜索に参加させてください!」
教師達が集まる本部テントで、声を強めるのはラピスであった。両隣にはカディナとミュリエルの姿もある。
「あなた達の申し出や心意気は、一個人としては非常に嬉しく思います。ですが、教師として許可は出せません。今はプロの方々に任せるのが最善です」
彼女達を前にして、平時は穏やかな表情が多いウェリアスも今は僅かばかりに険しさを露わにしていた。
救助活動がほぼ完了したと知らせを受け、教師達の補佐や怪我人の治療等で奔走していた彼女達もようやく肩の力を抜くことができた。怪我人こそ出たがそれ以上に深刻な被害は皆無であり、とりあえずは安心だ。
と、一息を入れたところ、しばらくしてミュリエルが一番最初に気がついたのだ。
「……ねぇ、リースとアルフィがまだ帰ってきてない」
「「えっ!?」」
生徒の中でリースとアルフィは森林内での活動経験があり、魔獣との戦闘経験もある。その腕を買われて、狩人達と協力して救助活動に当たっていたことは知っていた。
救助が完了したと言う報せを受けてからというもの、狩人たちはまだ半数以上が帰ってきておらず、逆を言えばまだ森の中にいるということだ。リースとアルフィ達も同様に戻ってきていないのだ。
しかも、教師達や狩人からは、いまだに張り詰めた空気が漂っており、まだ事態が収束していないと察するには十分であった。
狩人の一人に問いかけたところ、まだ二人だけ行方不明の生徒がおり捜索が難航していると知り、三人はついにいてもたっても居られず本営へと直談判に赴いたのである。
「プロの方でも捜索に苦戦としているというのであれば、なおのこと人手が必要のはず。でしたら、私の魔法が役に立つはずです」
「カディナみたいにはできないけど、私もラピスも足手纏いにはならないはず。狩人も教師も緊張続きで疲れてるなら──」
「絶対に駄目です」
カディナとミュリエルが己達の有用性を伝える最中に、ウィエリアスは強引に話を断ち切った。学校では生徒の質問を途中では絶対に遮らない優しい教師が、今は全く違う姿を露わにしていた。
「勝手に捜索活動へ参加しなかったのはさすがです。このような状況であっても、冷静な判断力を失わなかった点については素晴らしい」
ですが、とウェリアスは首を横に振ると、幾分か声と表情を和らげる。
「我々には、あなたがた生徒達を預かったという責任がある。生徒の安全を守り、最後に親御様方の元へと返す義務があるのです」
生徒が学校の中で無茶をするのであれば、より良い方法を共に考える。
無理をすれば諌めて、新たな道を模索する手助けもしよう。
だが、ここは学校の外であり、ましてや人の理など通じない野生。しかも、狩人ですら強く警戒を抱く異常状況の只中だ。おいそれと許可など出せるはずもない。
「……君たちが、リース君やアルフィ君を気遣う気持ちはよくわかります。本音を言わせてもらえば、我々としても引き続き彼らに頼らざるを得ない事に忸怩たるものを抱いています」
どれほど森での活動経験があろうとも、あの二人も大切な生徒に違いはない。それでも、あらゆる状況において対応力のあるアルフィと、空を自在に駆け回れるリースの機動力は、行方不明の生徒を探すのに適していた。実際、それまでにおいても、二人の助力で救助活動が迅速に進んだのは確かであった。
ウェリアスの悔しげな表情を前にして、三人もそれ以上食い下がるのは躊躇われた。教師達も苦悩した上で、リース達に助力を要請したのだと理解できたからだ。
「森の中は、いったいどんな状況なのですか?」
「事態の発生当初よりは落ち着いたと狩人の方々から聞いていますが……」
ラピスの落ち着いた調子の質問に、ウェリアスが顎に手を当てながら唸る。
その時、大掛かりなテントの入り口が俄かに騒がしくなる。
「どうやら、誰かが戻ってきたようです。あなた達も一緒に行きましょう」
「いいの?」
意外な提案に、ミュリエルがコテンと首を傾げた。
「情報を待つばかりの状況を心苦しく思うのは、教師も生徒も変わりません。我慢しきれず、また怒鳴り込みに来られても困りますしね」
少し意地悪な返しに、三人娘は口をムッとさせたが、そのままウェリアスの後に着いていく。
出入り口へと赴けば、アルフィがゼストと話している場面であった。どうやら狩人達と一緒に帰還したらしい。
「……分かった。おまえさんはしばらく休んでてくれ。追って指示を……出すような事にはなってほしくねぇがな。ともあれ、お疲れ様」
ゼストはアルフィを労い肩を叩くと、次にウェリアスを見つけると首を縦に振った。
「私はゼスト先生と話をしてきます。あなた方はアルフィ君を。……あり得ないとは思いますが、くれぐれも身勝手な行動は慎むように」
最後の最後に釘を刺すと、ウェリアスはテントの奥でゼストと話を始めた。
「アルフィ。リースは……いたら一緒ですよね」
「悪いな、リースじゃなくて俺が戻ってきて」
「うっ……ご、御免なさい」
「冗談だよ。おまえら、揃って深刻な顔をしていたからな」
問いかけたカディナに他意がないのはもちろん分かっていたが、普段はリア充なリースと彼女たちへの当て付けである。
「無事でよかった。真面目な話、森の中はどんな感じなの?」
「異常が起こった当初よりかはだいぶん落ち着いてきたのは、ウェリアス先生から聞いた」
ラピスとミュリエルが言葉を促すと、アルフィは先ほどのウェリアスと同じように曖昧に唸った。
「それについてはさっきゼスト先生に伝えたんだが……森の中が急に静かになったんだ」
「異常事態が収束した……って風じゃないんだね、その言い方だと」
「よろしくない例えをすると、嵐の前の静けさって雰囲気だ。少し様子見のため、同行してた狩人達と一緒に戻って報告しに──」
アルフィがそこまで口にした次の瞬間、強烈な魔力の鳴動を感じ取り、その場に居合わせた全員が動きを止めた。直後に、テントの外が騒然となる。
カディナ達は急ぎテントの外に出ると、騒ぎの原因はすぐに分かった。
嫌でも目につく、森の方面から空へと轟々と燃え盛る炎の柱。
ただの自然現象ではなく魔力を伴ったものであると、この距離からでも外素の動きで感じ取れた。魔力の動きを察しにくい狩人であろうとも、息を飲まずにはいられない異常事態の極め付けであった。
「……何でこういう時に、あの馬鹿はここに居ないんだよ」
焦燥を含んだ呟きが、アルフィの口から漏れ出した。
ラピス達も確信があった。
あの燃え上がる柱に、学年首席が関わっていないはずがないのだと。




