第二百五十五話 幻獣──魔を操る獣
長い時を経て成長を果たしたモノ。
あるいは生まれ持って素養を有した個体。
そうした魔獣は時として魔力を操り『魔法』を操る。
──そして、魔法を扱う魔獣を、総じて『幻獣』と呼ぶ。
九尾狐はそうした幻獣の一種。
魔炎を自在に操る、正真正銘の『化け物』だ。
「飛翔天駆ッッ!」
銀輝翼から進化した翼は、高い推力を維持したまま方向転換が可能だ。跳躍の踏み切りを合わせれば、超化の頃よりも高いレベルでの空中機動を実現できる。
そのかつてよりも高水準の動きであっても、九尾狐が使う火属性の魔法に完全には対応できなかった。どれほどの速度を出しても、どれほど急旋回しても、九つの尻尾から放たれる火炎はまるでそれら自身が意思を持つが如く、的確に俺を追い討つ。
「重魔力機関砲ッ」
直撃の軌道を描く火炎に向けて、魔力の弾頭を連射。着弾した瞬間に派手な音を立てて爆発する。
単属性であるはずだが、火炎の一つ一つには爆炎属性に近しい圧力が秘められていた。一発や二発は受けても耐えきれそうだが、それが九発同時に襲ってくるとなると俺だって耐え切れる自信は全くない。
と、俺の放った魔力の弾幕をさらに潜り抜けて、数発の火炎が迫ってくる。
「やべっ、要塞防壁!」
射撃形態から防御形態に即座に移行すると、防壁の表面が立て続けに紅蓮が弾ける。九尾の炎を収束させたどでかい一発に比べれば威力は劣るが、それでもかなりの衝撃。同級生たちの上級魔法と同等の衝撃が伝わってくる。
「おぉおおおおっっっ!?」
防御は成功したが、むしろ焦燥は加速する、
そもそも、どうして攻撃ではなく回避を選んでいたか。
要塞防壁を展開すると、どうしてもそちらに魔力を割かれて翼から噴き出す推力が低下する。動きが鈍るのを待っていましたと言わんばかりに、新たな火炎が飛び込んでくるの。上級魔法並みの性質を含んだ魔法が、初級魔法の如く飛んでくるのは恐怖以外の何物でも無い。
要塞防壁の範囲をさらに拡大して、四方から飛んでくる火炎を防ぐ。ただ、防御範囲を分散させる性質上、強度の不足とそれを補うための魔力の消費が加速する。どれほどに鉄壁の盾を有していようとも、そいつを支える持ち手が踏み止まれなければ防げていないのと同じだ。
「こなくそっ!」
完全にハメ殺しにされる前に、暴風に巻き込まれた木の葉さながらの錐揉み飛行で火炎の包囲網から抜け出す。急激な加速と方向転換で内臓がひっくり返り血も偏って眩暈が起きそうになるが、気合いで耐える。
「あちちちちちちちっ! 熱ぃぃぃぃぃっっ!?」
そのまま九尾狐から離れた位置に着地した。
脱出の際に直撃こそ免れたが、熱までは完全に防げない。剥き出しの頬や手は当然、制服の下まで肌が焼けるように熱い。もし掠りでもすれば重度の火傷は必至だ。
「ヤバいな……まったく近づけねぇ」
言うまでも無いが、俺の攻撃手段は剛腕手甲。接近しなければ話にならないのだが、今の位置から少しでも踏み出すと途端に尻尾から放たれる火炎が襲いくる。射撃形態で攻めようにも、重魔力砲も重魔力機関砲も火炎に巻かれて狐に届く前に焼かれてしまう。
覚悟はしていたが、幻獣に対する認識が甘かったと言わざるを得ない。
あまりにも圧倒的すぎだ。
幻獣に『幻』と付く理由は、主に二つ。
存在自体が希少であり、目撃例が滅多に無い事。数そのものが非常に少ない上に、人が立ち入らない秘境の奥地に生息していることからまず遭遇し得ない。人外魔境の土壌や環境が、住まう生物の魔法の素養を覚醒を促す要素になり得ている──というのが大賢者の説である。
そしてもう一つは、目にした人間の大半が生きて帰れないからだ。
出会えば九割九部は殺され、その地に埋もれる事となる。
年月を経て強力な力を得た魔獣が、さらに魔法まで自在に操るとなれば、危険度の桁は大きく跳ね上がる。歴戦の狩人であろうとも不意に遭遇すれば対策もできず遅れを取ろう。一流の魔法使いも同様である。
黄泉の森の深奥にはこうした魔法を操る幻獣も多く生息している。大賢者の説の通りに、魔力を強く含んだ植物や果実、他に動植物などが多くある。幻獣が発生する土壌は他よりも豊富にある。それが尚更、あの森を『黄泉』と呼ばれる魔境にしているのだろう。
大賢者からは、自身が居なければ絶対に下手な手出しはしないようにと厳命されていた。その指示を決して軽んじていた訳では無いが、実際に対峙してみると嫌と言うほど理由を味わう。
幻獣は、どれもこれもが人智を超える膨大な魔力を秘めている、人が操る魔法とは全く体系の異なる独自の投影を行う。放たれる魔法は、それこそ自然災害そのものと称しても過言ではない。




