第二十四話 決闘の後です──『破城槌』でした
決闘の余韻が覚めやらぬ内に、俺は学校長室を訪れていた。学校長に聞かなければならないことがあったからだ。
「で、どういうことなんだよ学園長」
「どう、とは何でしょうか?」
「とぼけてんじゃねぇよ。決闘の壇上にはあんたもいただろうが。あのスペシャリィティの溢れる『おっぱい』を見逃していたとは言わせねぇぞ」
俺は学校長に対する敬語も忘れて詰め寄る。
巨乳ちゃんの乳が巨大弩なら、青髪の乳は破城槌。同じ戦略級でありながらもまた一つ趣の違う乳が──ってそれはどうでもいい。
今朝の食堂で見せたラトスの反応を思い出す。
俺が何気なく口にした『乳』の発言に、ラトスは過剰なまでの反応を見せた。単なる初心な青少年かと思ったが……それは間違いだ。
あれは、普通に恥じらいを持つ『少女』としては当然の反応だったのだ。
ラトスの声も顔の造りも中性的で、見方によって男性にも女性にも見えた。そして男子の制服を着ていたためにずっと『男性』として見方が固定されていた。
だが、俺の中でラトスを男子として見ることはできなくなっていた。
──ラトスは……紛れもない『女の子』だ。
俺の視線を正面から受け止めると、学校長は語り出した。
「……まず始めに言っておきますが、ラトス君は実家であるガノアルク家の嫡男としてジーニアス魔法学校に在籍しています」
「はぁ? けどあのおっぱいは間違いなく──」
「君の見たモノがどうあれ──」
こちらの言葉に被せる形で学校長が続けた。
「──ラトス君はガノアルク家の『嫡男』であると同時に『次期当主』なのです。少なくとも、明確な証拠がない限りガノアルク家はこの主張を曲げはしないでしょう」
ようやく、遠回しに学校長の言わんとしていたところを理解した
俺は瞑目しながら深呼吸をし、血が上っていた頭を冷却する。
……十分に落ち着きを取り戻したと自覚ができてから、俺はゆっくりと目を開いた。
「……ラトスに他の兄弟は?」
「君は察しがよくて助かります」
学校長は笑みを浮かべてから、すぐ真顔にも戻る。
「優秀な兄が一人いましたが、不慮の事故で既にお亡くなりになっています」
他には下に一人妹がいる、と学校長は付け足した。
俺は思わず天井を仰いだ。
「こんなの、婆さんの家にあった娯楽小説の中ぐらいでしか知らねぇぞおい」
──少なくとも、この学校に通うラトス・ガノアルクは『男』である。
理解はできたが、全てには納得できなかった。
「普段の調子はどうあれ、リース君は頭のよい子ですね。さすがは老師の弟子ですね」
「褒めてんですかねぇそいつぁ」
「もちろん、褒め言葉ですよ」
俺はガシガシと頭を掻いた。
「ラトスの性別を知ってるのは?」
「私と君だけです。担任のヒュリア先生も含めて、他の教師も知りません」
俺はもう一度、心を落ち着けようと深呼吸をした。
「……今時、跡継ぎを男子に限るなんて古ぼけた慣習だろうに」
「だとしても、意外とそれにこだわる貴族は多いのですよ。特に、昔から続く名門貴族となれば特に」
俺自身は全く知らなかったが、ガノアルク家はかなり古くから続く水属性魔法使いの名家。そういった古い家ほど、昔からの慣習から抜け出せないとはよく聞く。
「ガノアルク家の事情は、そう単純な話でもないのですがね」
「……あまり聞かない方がいい話ですかね、それは」
「あまりお勧めはしません」
思わせぶりな言い回しだ。俺は深く追求はしなかった。
代わりに問いかけた。
「何でラトスを『男』として入学するのを許したんですか。これって法律的にいろいろとヤバいんじゃ?」
「少なくとも入学手続きに必要だった書類に不備はありませんでした。違ったのはラトス君自身の性別だけです」
「そこはたぶん、一番間違っちゃいけない部分でしょ」
おっぱいの有無は天地開闢の頃からこの世でもっとも重要な要素の一つ。ただ、俺のそんな思いは学校長には届かなかったようだ。
「ガノアルク家の思惑がどうあれ、ラトス君の優れた若き才能を見捨てるのは教育者として非常に躊躇われたのですよ」
事情はどうあれ、学校長の判断に口を出せるほど俺はまだ上等な人間になっていない。口を閉ざすことしかできなかった。
なので、新たに思い浮かんだ疑問を口にする。
「ラトスと俺の決闘を許可したのは何故ですか。さっきみたいに何かあったらラトスの性別は簡単にバレるでしょうに」
ジーニアス魔法学校の中で、ラトスの正しい性別を知っているのは俺と学校長のみだ。そして俺は本来であるのなら知らなかった側。知る切っ掛けとなったのは先ほどの『決闘』だ。
「その点に関して抜かりはありません。ラトス君の簡易鎧が剥がれた時点で、壇上を覆っていた結界に細工を施しておきました」
「細工って──」
「仮にも国家で三指に入る魔法使いと言われていますからね。このくらいできないと魔法学校の校長なんて役職には就けません」
ふと思ったが、学校長の魔法適正って何なんだ? 入学試験の時に地属性魔法を使っていたのは覚えているが。今はどうでもいいか。
「結界の外側から見ている者にとって、ラトス君の胸元は男性のそれと同じにしか見えなかったはずですよ」
……つまり、あの場でラトスのおっぱいをガン見してしまったのは俺を除いて他にはいないと。俺の役得感と共に、ラトスの『女性』としての尊厳も守られたようで何よりだ。
「それに、君ならたとえラトス君の本当の性別を知ったところで、不必要に吹聴しないと確信していました。違いますか?」
学校長の言うとおり、俺は決闘が終わってからラトスの性別に関しては誰にも喋っていないし、これからも喋るつもりはない。
ただ、何となく見透かされている感じがあまりよろしくない。
「これでも教育者になって長いですからね。ある程度言葉を交わせば、その子の本質というのは何となくですが分かってしまうのですよ」
一見すると年若く見える学校長だが、こういった時には長い年月を生きた人物であると思い知らされる。年季が違う、とはこのことだ。
「そろそろ部屋に戻った方がいいでしょう。入学式からこれまで何かと注目を集めている君だ。こうも頻繁に学校長室を訪ねていては変な噂が立つ」
窓を見れば、夕焼け色に染まっている。まもなく星空が見えてくる頃合いだ。
「……じゃあ、今日は失礼します」
「ええ、お疲れさまです」
俺は釈然としないものを抱きつつ部屋の扉へと向かった。
「あ、リース君」
ドアノブに手をかけられたところで背中に学校長の声が掛けられる。
「言い忘れていましたが、本日は実に有意義な魔法を見させていただきました。本当にありがとうございます」
その言葉を最後に受け取り、俺は学校長室を後にした。
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