第二百四十四話 悪い大人達の考え(前編)
ジーニアス魔法学校の課外授業に使われるということもあり、この近辺はジーニアスの雇われ講師となっている狩人を除き関係者以外は立ち入り禁止となっている。とはいえ、具体的にどこからどこまでが禁止になっているかの境界線があるわけでもない。ジーニアスの教師達が時折に魔法で探査を行なっているが、広大な全域を覆えるできるわけもない。
そうした境界の僅か外側。雇われ講師の狩人や教師の目が行き届かないギリギリの地点に、三人の男が陣取っていた。組合にてリースに大恥をかかされたイアンら不良狩人たちである
「なぁイアンよぉ」
「あ、なんだ?」
得物である大振りの剣を手入れしていたマットは、木の根を枕がわりにして微睡んでいたイアンに声をかける。気を緩めてはいたが、どちらも最低限の警戒は行なっており、加えて魔獣が嫌がる波長を流す魔法具を設置していることから、素行はともかく実力は備わっているのが分かった。
「そろそろ聞かせてくれよ。どうしてあの生徒どもをわざわざ巻き込んだんだ? ここまで引っ張ってきて、もったいぶって教えてくれなかったじゃねぇか」
「なんだ、そんなことか」
起き上がったイアンは、固まった肩や首周りを解し欠伸を噛み殺す。
「そんなことってお前……」
「単純な話さ。ありゃぁ『保険』だ。罷り間違って『アレ』の使用がバレたところで、使ったのがあのお坊ちゃんたちなら子供の悪戯で済むだろうしな」
イアンがエディ達に渡した小瓶。あの中には『誘導香』と呼ばれる調合薬品が詰め込まれている。非常に揮発性の高いそれは薬品はかなりの激臭を放ち、魔獣がこれを嗅ぐと興奮状態に陥り、また臭いの元へと向かおうとする誘導作用がある。
元々は軍事的な目的で開発された代物で、相手陣地に投げ込むことで魔獣を誘き寄せ混乱を招く効果を期待されていた。だが、魔獣の呼び寄せ自体は成功したものの、魔獣が人間の敵味方を判別できるわけもなく、一箇所に集まった個体が今度は無差別的に周囲へ被害を及ぼし、大問題に発展した事例が多発した。
使われている素材は法に触れるものが多数含まれており、この国では製造及びに所持は当然ながら禁止されている。イアンがエディ達に渡したものも非合法で販売された一つだ。
「俺たちが使ったって万一にバレたら、せっかく稼ぎが安定してきたこの王都をまた逃亡しなくちゃならねぇ。お前らだって嫌だろ……なぁ?」
「あの件についちゃもう謝ってるだろ。そろそろ勘弁してくれねぇか」
「いいや駄目だね。まだまだ引きずらせてもらう。あそこで下手を打たなきゃ、まだまだ存分に稼げたってのに」
ご立派な巨漢が申し訳なさそうに肩を落とすが、イアンは不機嫌を隠さずに睨みつけた。
この三人が以前の組合を離れたのも、この『誘導香』が原因であった。
イアンらは素行の悪さは目立つものの、稼ぎという点においてはその支部においては上位層に食い込んでいた。狩人としての実力があったのは確かにそうであったのだが、もう半分はこの誘導香だった。
人目の付かないところでこの誘導香を使って大量の魔獣を呼び寄せ、それを一気に仕留めることで大量の稼ぎを得ていたのだ。狩りには多くの罠を設置し地形も利用したことで、たった三人でも多くの魔獣を相手取るのはさほど難しいモノではなかったのだ。
だが、組合支部も馬鹿ではない。狩猟依頼が出ていなくとも、緊急的な事情で討伐した魔獣が納品される場合は日常茶飯事。だがそれにしても、納品された魔獣の個体数はあまりにも多かった。そこで、納品したイアン達が、違法な手段に手を出しているのではないかという疑いを持ち始めた。
──と、組合から疑惑を向けられていると感じたイアンは、直前の稼ぎでしばらくは困らないほどに大いに稼いだこともあり、事態が落ち着くまでの間は誘導香の使用を取りやめ、その旨を仲間二人にも伝えた。
ところが、素行も悪ければ金遣いが荒くなるのが相場というモノ。酒に賭け事に女と、有り金を瞬く間に溶かしていったマットとダカルは、金を苦心する為にイアンに黙って誘導香を使用したのだ。
再び大量の魔獣が一気に納品されたことで、組合支部は本格的な調査を開始した。既に疑いをかけられていた所でさらに踏み込んで調べられれば、自分たちが誘導香を所持し使用した事も露見するだろう。
組合の動きを察知したイアンは、即座にマットとダカルを叱責。二人は事態の重さをようやく理解するが時既に遅し。そこでイアンは即座に街を出ることを決断し、マットとダカルもそれに追従したのである。二人がイアンに頭が下がらないのは、彼の危機管理能力に依存している点が挙げられるだろう。
「ま、誘導香が違法薬ってことは、あの坊ちゃん達も知っていたからな。知っていて使ったとありゃぁ、俺たちを売ったところでお咎めは免れないだろうよ」
いついかなる世でも、魔獣を軍事利用──あるいは兵器として用いる様々な手法が開発され実験が行われてきたが、そのほとんどは頓挫している。一部の魔獣を調教し従属させる事に成功した事例は確かにあるものの、魔獣とはそもそも人の手に余る存在なのだ。
故に、この国では魔獣を用いるあらゆる事に対して厳しい制限を設けている。『誘導香』の所持及びに使用もまたそれに類する厳罰対象だ。露見すれば、貴族であろうとも例外は無い。
「でもお前も酷いやつだよなぁ。アレは矢に括り付けて遠くに撃つ代物だってのに」
「別に嘘を吹き込んだわけじゃないさ。ただ、年若い少年にはいい経験になるだろうさ。悪い大人の言うことは、鵜呑みにしちゃいけないってな」
悪い大人はそう言って、意地の悪い愉悦をこぼした。




