第二百四十話 高い威力も時と場合による
一方その頃──。
「炎槍ッ!」
紅蓮の槍が空を奔り、地を掛けていた魔獣を貫き内側から焼き焦がす。魔法を投影した男子生徒は木々の間を縫う様に動いていた獲物に見事命中させられたことに笑みを浮かべる。
「ちょっと! 火の強すぎるよ! それだと燃えちゃう!!」
「えっ、あっ!? わ、悪い!!」
ラピスが鋭く発した声に、男子は「しまった」と焦りを露わにする。魔法を命中させることに集中しすぎて、その他の制御が疎かになっていたのだ。咄嗟にラピスが魔法で水を出して鎮火するが──。
「あちゃぁ。だいぶん燃えちゃったね」
炎の槍が突き刺さった部位を中心に大きな範囲で焼けこげてしまっている。
「これだと皮もお肉も少ししか取れない。おそらく骨もだいぶ焼けてる」
ラピスが膝に手を当てて覗き込んでいる傍ら、しゃがんで魔獣の状態を確かめるミュリエルが淡々の述べる。昨日の解体実演においても、他の生徒に比べて落ち着いていたのは、師との野外活動で既に諸々の経験があるからだ。
「授業でも習った。火属性は威力が高いけど『狩猟』においては最も扱いが難しいって」
「その……申し訳ない」
バツ悪そうな男子を尻目に、ミュリエルは辺りを見渡し手頃な樹木を見繕うと、手を掲げた。
「炎槍」
男子が魔獣を仕留めた時と同じ魔法、けれどもそれよりも幾分か細い形状。魔法陣から放たれると樹木の幹に突き刺さりそのまま貫通して消滅。けれども、幹は命中地点の周囲がわずかに焦げただけに止まっていた。
「おおぉぉっ、さすが」
「でも、これを動き回る標的に当てながらってなると調整が難しい。だから私は火属性じゃなくて地属性の方を使った」
既にミュリエルは、これより前に遭遇した魔獣を仕留めていた。
「しまったな。もっと威力調整について練習しておけばよかった」
火属性魔法は四属性の中で威力に優れているが、魔獣の狩猟ともなるとその威力の高さが逆に足を引っ張るのだ。調整をしないと今の様に燃えてしまい、魔獣の素材が駄目になってしまうからである。
頭では分かっていたはずだが、狩猟において火属性の扱いずらさを男子は思い知る。とは言え、こうした後悔もまた課外授業での学びに他ならなかった。
「決闘とかだと、威力を上げるための調整はしても、手加減方向には手付かずだからね。僕も気をつけないと」
ラピスもせねばと意気込んだ。
そうした点で言えば、魔獣の狩猟において最も効果的なのは風属性魔法だ。
「風刃!」
少女が投影した魔法が、向いくる魔獣の側を横切る。魔獣はそのまま四肢で地を蹴り牙を剥き出しにして飛び掛かるが、不意に四肢から力を失うと少女の側を通り過ぎそのまま地面に転がった。見れば、その首筋は深々と切り割かれており間違いなく致命傷であった。
「ふぅ……とりあえずはこれでよし」
魔獣が血を流しながら動かなくなったのを確認すると、カディナは緊張で溜まっていた息を吐き出した。
「さすがアルファイア、手慣れたもんだな」
「アルファイア家の者として、狩猟の経験は幾度かありますから、この程度は問題ありません」
別の男子が感心すると、カディナは少しだけ得意げに返した。
今のカディナが放った魔法は細く鋭く研ぎ澄まされた調整がなされており、魔獣の急所を的確に切り裂き他の部位への損傷を極力控えたものとなっている。
風属性は速度に優れている一方で他の属性に比べて威力が少ない傾向にある。ただそれは言い換えれば、攻撃の調整がしやすいという面があった。
「──と、少し偉ぶったものの、仕留めた後の処理についてはお兄様や使用人任せできてしまいました。そのせいで昨日は無様な姿を晒したわけでして」
「いやいやいや、俺だって解体を見てる最中はずっと気持ち悪かったし、昨日はほとんど碌に何も食えなくなったから」
「でも、リースは狩人の方々に混ざって晩御飯を食べてました」
「……それは比べる相手が間違ってるんじゃないかなぁ」
学生の身分で、第一線で活躍できる狩人と同等の実力と経験を有しているリースが異常なのである。
カディナらの班は全てが最善とはいかずとも、他の班に比べればはるかに順調であった。なにせ、程度の差はあれど魔獣狩猟の経験者が二人もいる上に、なんだかんだで全員が一年の中では上澄とも言えるノーブルクラスの生徒なのだから。
仕留めた魔獣は、講師に教わった通りの手順で行なっていく。やはり手際良くとはいかずとも、全員が真面目に取り組み仕損じもなく完了した。
「最低限の課題は終えてますが、まだ時間は残っています。この先も油断なく行きましょう」
カディナの号令の元、班は移動を開始した。
前を女子三人の後ろに、荷物係を率先して引き受けた男子二人が魔獣の亡骸が収まった袋を背負いながら続く。
「お前、あの三人と一緒になれたって、めちゃくちゃ喜んでたじゃねぇか。声掛けねぇのかよ」
前方の三人に聞こえない様に、男子の片割れがもう一人に小声で呟くが、相方は首を横に振った。
「今は授業中だし無理だろ。魔獣がうじゃうじゃいる中でそれは普通に怒られる。それで大怪我したら、減点どころの話じゃ済まないって」
「真面目かっ。いや、それが正しいんだけどな」
友人の至極真っ当な反論を受けて、男子は己の緊張感の無さに自己嫌悪しがっくしと肩を落とした。すぐに自省できる辺りにちゃんと彼も真面目であった。




