第二百三十九話 二日目班、行動開始
課外授業も二日目が始まると、馬車に乗ってしばらく移動し、一日目とは別の地点に移った。このまま各クラスで班分けを行い、各自で森に突入することになっている。
基本は慣れた者同士で組んで良い事になっているが、決闘の経験が無い者や性格面を考慮し、あまりにも偏りが出ているグループについては教師からの指示によって色々と調整はされている。
俺たちも当初はいつもの面子で組もうとしていたが、さすがにゼスト先生から梃入れがあった。よくよく考えなくても、全員が決闘の経験者であり、かつ実力もクラスの中で最上位が集まっているのだ。
よって、俺とアルフィ、ミュリエルとカディナとラピスに分かれて、そこに他の生徒が入る形となった。俺たちの班は五人で、他の三人は女子。カディナの班は逆の構成である。この割り振りには成績や実力以外の思惑を感じなくもなかったが、ゼスト先生なりに配慮した結果であるのは理解できた。
「地杭!」
同班の女子が地面から鋭い杭を投影し魔獣を狙うが、意気込みが過ぎて狙いがバレバレだ。魔獣は敵意や殺気に鋭く反応し回避して見せる。必殺を確信していたのか次の行動が遅れると、魔獣は切り返して牙を剥きながら女子に飛び掛かる。
「防壁っ!」
させじと、届くよりも早くに女子の目の前に魔力の壁を投影。突然に現れた壁を避けるまもなく魔獣は激突し、反動で転がる。本来であれば防壁出なく手甲で受けて迎え撃つ所だが、俺はあくまでも補佐だ。
「今だっ! 畳みかけろ!」
「──ッ、岩砲弾!!」
防御魔法を解除しながら俺が叫ぶと、即座に岩の砲弾を解き放つ女子。魔獣は体勢を立て直すまもなく直撃を喰らい、地に転がった。
「ハァ……ハァ……ハァ……や、やった──ッ」
やはりノーブルクラスの生徒だけあって、初めて野生の魔獣とやり合ったにしては肝が据わっている。相手は小物とは言え、剥き出しの殺意を向けられれば素人は萎縮するモノだ。てっきり焦って規模のでかい魔法をバカスカ撃つと思いきや、小規模ながら効果的な魔法を選択して投影していた。行動の合間合間は拙いし俺の補助も入りはしたが、それらを加味しても上出来であろう。
ただし、息を切らせながらも女子は既にやり切った笑みを浮かべているが
「まだ終わりじゃないぞ」
「え? ──あっ」
俺が声をかけつつ指を指すと、女子はハッとした顔になる。
示した先には、地面に横たわった魔獣。攻撃魔法をもろに受けて動くことができないが、まだ息は残っていた。
「魔法かナイフか、どちらか選べ。時間がない」
見たところ、魔獣はすでに虫の息で放っておいても勝手に息絶えるだろうが、それでは駄目なのだ。俺は容赦無く告げると、女子は息を呑んだ。
「……ごめんなさい──地杭」
短く迷った末、地面から杭が勢いよく突き出し魔獣の首筋を貫く。ビクビクと魔獣は痙攣したが、やがては力を失い完全に動かなくなった。
両手を前に突き出したまま、呼吸が荒くなる女子。魔法であり間接的ではあったものの、明確に己が『生物にトドメを刺した』という事実が心に深くのし掛かっているのは、察するに固くない。
「お疲れ様。よく頑張ったな」
「うぅ……ありがとう」
やがては口元を押さえながらへたり込んだ女子の肩を軽く叩いてやる。見るからに目元に涙を浮かべ、喉奥から込み上げた酸味に顔を顰めているが、取り乱している様子はない。やはりこのクラスの生徒は男女問わず根性がある。
「アルフィ。血抜きの方は頼む」
「あいよ」
少し離れた位置で他の女子達と待機していた親友に頼み、魔獣の遺体を任せる。俺ほどではないにしろ、アルフィも故郷では近くの森で魔獣を狩った経験はあった。
「大丈夫か? 気分が悪かったら先に戻ってても」
と、女子は顔を蒼白とさせたままながら、首を左右に振って気丈に否定する。他の班仲間がしっかり課題を終えるまでは付き合うつもりのようだ。俺は笑って背中を叩いてやると立ち上がった。
魔獣の処理が終わると、手足を纏めてそこらで拾った丈夫な木の枝に縛り付けて肩から担ぐ。俺一人であれば収納箱に収めるが、授業でそいつを使うわけにもいかないからな。
この課外授業は生徒の今後に大きな影響を与えると聞いている。決闘は限りなく現実に近いが、絶対的に命の保障がなされている。だがそこから一歩出て誰かに魔法を使うと言うことは、まさしく命のやり取りに発展しうるのだと、この実習で嫌でも理解させられるからだ。
彼女が果たしてどの様な道を選ぶか俺は知らないが、おそらく魔獣を初めて狩った記憶はその記憶の中に深く刻まれたに違いない。
この程度の小物であれば、狩った現場で解体してしまうのも十分にありだが、俺たちの時と同じく、これらは一日目班が解体の実習をするための教材だ。
視線を外して同班の他の女子に眼を向ける。当初はアルフィと一緒に回れると思って少し浮き足だっていたが、友人の様子を見て現実味が湧いてきたのだろう。今は神妙な顔つきになっていた。
「じゃぁ移動するぞ。血の匂いに引っ張られて複数の魔獣が襲ってくる可能性も十分にあり得る。周囲を警戒して、見つけ次第に意思伝達は徹底してくれ」
二人に告げると、しっかりとした頷きがそれぞれから返ってくる。これがただの『遠足』ではないと、ちゃんと自覚はできたようだ。
一つの班で魔獣の狩猟は最低三つが課題。今し方仕留め、残り二つについては俺とアルフィは引き続き補佐に徹し、彼女達に任せる事となる。
「しかし、これだけの数の魔獣を一度に狩猟して大丈夫なのか?」
「その辺りについちゃ学校長も抜かりないってさ」
アルフィは風魔法で周囲を探索しつつも、俺に語りかけてくる。女子達の集中を途切れさせないために小声であり、俺もやはり小さく返す。
一つの班で最低三つは魔獣を仕留める事になるが、それが一学年全体ともなると、相当な数になる。一日目と二日目で場所を変えているとはいえ、一度にそれだけの生物が居なくなれば環境への影響も馬鹿にならない。
ただし、ジーニアス魔法学校とてそれは考慮の範疇だ。
この辺りは王都から少し離れているということもあり、狩人もあまり訪れない区画だ。そして一番重要なのは、この辺りに生息する魔獣は今まさに繁殖期を迎えている事。つまりは一気に個体数が増大するのがこの時期なのだ。
毎年、ジーニアスはこの課外授業に向けて、魔獣の分布や繁殖の調査を行い、この時期にちょうど良い地域を算出しているのだ。年によっては課外授業が一ヶ月繰り下げになったり逆に早まったりする事もあるらしい。また地域についても、今年は日帰りでどうにかなる距離だが、一日か二日かけて移動することもあるようだ。
「組合としては、繁殖期で増大した個体をジーニアスが始末してくれるってんで、結構ありがたいんだよ」
「そうか。買取価格の安い魔獣が大量に出現しても、組合はあまり儲からないのか」
モノの価値は需要と供給のバランスで成り立っている。需要が高まれば価値が上がり、供給が高まれば逆に下がる。新人でも狩れる魔獣は供給も容易く買取価格が低い。そこに繁殖で大いに増えれば、組合としても卸値は二束三文。労力に対して利益がどうしても少なくなる。
「ただ、だからといって放っておくと、周辺の動植物やらが食い荒らされてそれはそれで組合も困るわけさ」
「狩人を動員する労力をジーニアスの生徒が肩代わりして、ついでに学校側から謝礼も出るってわけか。なるほど、上手くできてる」
「どうしてその話を授業でやらなかったんだ?」
アルフィの言う通り、俺が今話した内容は、狩人の講義では一切出てこなかったものだ。
「ぶっちゃけ外聞があまりよろしくないからな。事情とか何も知らずに部外者が今の話を聞いたら、狩人組合が学生を使って楽してるようにも捉えられるだろ? しかも金まで貰ってるんだし」
「あ〜〜〜〜」
アルフィは嫌な顔をしながらも納得した。
実際には学校側からお願いしている話なのだが、穿った視点に授業を出汁にして組合が学生らをタダ働きさせている様にも見えなくもない。そうした外部からの意見を防ぐために、あえて講義では出てこなかったのだ。
もっとも、特別に禁止された話でもなく、調べればすぐに分かることである。だからこそ俺もこうして説明したわけだ。
「さ、無駄話はここまでだ」
「だな」
会話を打ち切ったところで、前を歩いていた女子が足を止める。彼女もアルフィと同じく風属性の魔法を使ってあたりを警戒していたのだ。どうやらこちらに接近する魔獣を察知したらしい。当然、俺もアルフィも気が付いていたが、彼女の反応を待っていたのだ。
「やばくなったら俺かアルフィが補助する。やれるだけやってみろ」
無言でこちらを振り向いた女子に、俺は言ってやった。彼女は硬い表情ながらもしっかりと頷き、次に隣にいる友人とも頷きあった。
新たな魔獣が飛び出してくる光景を見ながら、他の班はどんな状況なのだろうかと心の片隅で思い馳せるのだった。




