第二百三十八話 狩人のお仕事は意外と知識がいる(後編)──そして『よからず』の算段
その後も、身振り手振りと説明を交えながら皮を剥ぎ肉を解体していった。
狩猟において、内臓の処理は前段階だ。ここからがある意味で本番とも言える。言うまでもないが肉は食料品として、皮や骨は加工すれば服や装備の材料になる。やり方次第では狩人の収入にも天と地ほどの差が生じてくる。
「ここは油が乗ってて美味い。こっちは、赤味が多くて美味い。こっちはさっぱりとしててヘルシーで美味いぞ。こっちは味にクセがあるけど滋養に飛んでて慣れると美味いぞ」
と、味の評論をしつつ最後の肉を切り分け終える。
「──ってな感じで、作業終了っと。誰か浄化を掛けてくれねぇか」
「あっ、じゃぁ僕が」
制服の上から着ていた作業着は、魔獣の体液やら血やらでぐちゃぐちゃになっていたので、ラピスの水魔法で洗浄してもらう。組合で解体を請け負っている職員の中には最低一人はこうした水魔法を使う者はいるし、現場で解体する者の中に水属性が使える者がいると快適度が段違いとはよく聞いている。
「今の個体はいいが、中には血自体が毒性を含んだり、あるいは時間経過で腐敗し毒素を撒き散らすのもいる。血抜きしたときや解体作業する時は、その辺りもちゃんと把握しろよ」
魔獣の種類によって、仕留めた後の処理に手間が掛かるものもいる。そのまま土に埋めても構わないものもいれば、手順を踏んで始末しないと無視できない環境汚染に繋がることだってある。また、血液自体も貴重な素材だったりする。
「学生なら今更に言うまでもないだろうけど、一口に狩人つってもこれでなかなかに知識がいる仕事なんだ。目の前の魔獣を狩れば良いってわけじゃない。ただ魔獣を殺すだけなら別に狩人である必要性ねぇからな」
知識の有無はそのまま成果の良し悪しにつながり、ひいては当人の進退に良くも悪くも大きく貢献する。
「コイツだってさっきまでは森の中を元気に駆け回ってたんだ。それを俺らの一身上の都合で仕留めたわけだ。だから、俺たちは仕留めた責任を取る必要がある。出来ることといえば、その五臓六腑を限りなく有効に活用し切ってやることくらいだけどな」
求められるのは相対した魔獣と正しく向き合い、適切に仕留めることだ。そうした正しい知識と技能を持った者が狩人なのだ。
安全な街の中──社会の内側で暮らしていると忘れがちになるが、人間に限らず生物は多くの命の上で成り立っている。他の動植物を食らって生きている。魔法使い以前に人として忘れてはならないのだと、俺は大賢者から学んだ。
この課外授業の意図は、多少なりとも生徒たちに実戦の空気を味合わせるものであるのだが、その裏にはおそらくそうした『命』との向き合い方も含まれているのだろうと、俺はなんとなく感じていた。
魔獣の狩猟については一日以上の長があるとも十分に伝わっているおかげで、同級生たちは俺の話に真摯に耳を傾けているのがよくわかる。己中にある知識や技術が他の誰かに伝わるというのもなかなかに楽しいものだ。
「さて、まだ解体する魔獣の死体はあるわけなんだが。こっから先を見るのは希望者だけで良いってさ」
おそらくこの後はまだ四〜五体ほどは解体する予定だが、教師陣からは、最低一度はしっかり見るように伝わっている。
逆を言えば最初の一体だけを見ればあとは休んでても構わない。気持ち悪さに耐え切れない生徒は無理に見学する必要はないとのお達しだ。
俺が作業中に交えた説明はそもそも事前の講義で狩人から教わった内容が大半。今日は実際にそれを目の当たりにして実感を得るのが目的だ。その意味では一度の実演で達しているわけだが。
問いに対して、意外なことにここから離れようとするものは一人もいなかった。少し前まで物陰で胃の内容物を草花の肥料にしていた生徒も、ふらふらになりながら戻ってきている。
ノーブルクラスの生徒諸君は実に素晴らしい根性の持ち主のようだ。
「希望があれば、実際に解体してみても良いぞ。俺が隣で指示するし、途中で諦めても構わないしな」
その後は、二人ほど希望者が名乗りだし、一人は途中で降参しもう一人は拙い手つきでありながらも最後までやり切った。それらについてもやはり、ノーブルクラスは誰も離れることはなかった。
空がオレンジ色に染まる前には、簡素ながら野営の設営だ。
課外授業は一泊二日で行われる。今日は野営で俺たちが帰るのは明日だ。
これらについても教育課程に含まれており、事前に学校内の敷地内で狩人から教わりながら実際に組み立てもした。生物の解体を拝んで落ち込んでいた生徒にとっては良い気分転換になっただろう。
他の魔法学校だと、とてもではないが真似できない。やれ寝床が硬いだの使用人がいないだのと多方から盛大な苦情やら文句やらが押し寄せてきたに違いない。この辺りもまた、実践に重きを置いているジーニアスだからこそといえよう。
なお、その日の晩御飯に限れば学校側が用意した栄養食である。実践を徹底するのであれば狩猟した魔獣の肉を食うべきだろうが、学生にそこまでを求めるのはあまりにも酷という配慮である。
俺はその辺りは全くもって問題ないので、本日の仕事を終えた狩人達に混ざって存分に魔獣の肉を堪能した。王都の店でも魔獣の肉を扱っている店は多くあるが、内臓まで提供する店は希少だ。実演で俺が説明したが、痛むのが非常に早い上に扱いが難しいからだ。
こうした珍味を味わえるのもまた狩人ならではと言える。世にはさまざまな魔獣の肉を求めて狩りをする美食家もいるほどだからな。
俺たちの本番は明日であるが、それを前にしても有意義な一日を過ごせたと言えるだろう。
「なんで俺がこんなことを……」
エディはブツクサと文句を垂らしながら、野営を固定する杭をハンマーで叩いて地面に固定していた。離れた位置ではジルコも野営の設営準備を手がけているが、口にこそ出していないもののエディと同じく不満を大きく抱いた表情をしていた。
暗がりでわかりにくいが両者共に顔色はかなり悪い。狩人による魔獣解体作業の実演で気分が悪くなり、未だに立ち直っていなかったのだ。本音では今すぐに来る時に乗ってきた馬車の中に戻って横になりたいが、次に待ち受けていたのがテントの設営作業だった。
狩人の仕事は依頼を請け負った近辺だけで済むものではない。人里から遠く離れた地で何日何週間、長ければ月を跨ぐ時を要し希少な魔獣を狙うこともある。暖かい寝床が用意された宿などあるはずもなく、当地に仮説住居を設置するなんてことはよくある。
ジーニアスの課外授業に置いては、さすがに材料を現地調達することはない。どちらかといえば、軍が使用するような幌と建材を使用したテントを張ることになっている。素材の質や扱い易さに差はあれど、組み立て方式の根はさほど変わらず、入門な体験学習としては必要十分といった具合だ。
エディ、ジルコとしては『そのような雑務は貴族の仕事ではない』とつっぱねたいところではあるものの、他の生徒はむしろ楽しそうに準備に参加していた。不平不満があろうともいい出せる空気ではなく、渋々に手伝っている次第だ。
「ここの杭を固定したの誰だよ!? グラグラなんだけど!」
同級生が声を荒げて注意するが、名乗り出るものはいない。眉を顰めた生徒であったが、反応が返ってこないことにムッとした表情になるものの、それ以上は不満を口に出すことはせず、固定が甘い杭に土を振り下ろす。犯人を無理に探すよりも作業を続けたほうが建設的だと悟ったのだろう。
「くそっ……くそっ」
生徒が作業を終えて離れて行った後、エディが口汚く呟いた。注意されたのはまさしく、彼が少し前に打った杭に相違なかった。嫌々ながらもせっかく行った作業にケチを付けられてさらに不満が募っていく。
そもそもこうした下々が行う野良作業を、楽しそうに行う他の生徒達の神経が実に疑わしい。貴族であれば悠然と支持して雑用係にヤらせてしまえば良いのに。だいたい、普段の暮らしからして、使用人を大量に呼び込めない寮の規則にも腹がたつ。
だが少なくとも、明日までは表面上は課外授業に参加している体を取り繕っておく必要がある。
もう少しの辛抱だ。
幸いだったのは、エディらが所属する組がノーブルクラスと同じく二日目班であった事だ。
他の生徒には分からないように、自身の懐を確認する。
中には、先日に町で出会した狩人から渡され、今は厳重に封がされている、『あるモノ』がある。
自分の役目は、しかるべきタイミングで『これ』を使うこと。たったそれだけだ。
算段そのものに胡散臭さはあり、得体の知れない狩人三人組の口車に乗るのは非常に癪ではあるが、それで憎き学年首席の顔に泥を塗りたくれるなら安いもの。ついでに、ジーニアス魔法学校が恥をかくのであれば儲けたものだ。
ジルコに目を向けるとちょうどこちらを向いたタイミングであり、内心の同意を込めて頷き合った。
今の二人を突き動かしているのは、己達を軽んじたモノ達への軽い意趣返しだった。
どうして自分らが隅に追いやられているかを深く考えずに、目の前の事だけを追い求めればどのような事態を導き出すまでに至らない浅慮。
──その結果がどのような結果を生み出すのか、わかるまでそう時間は掛からなかった。




