第二百三十七話 狩人のお仕事は意外と知識がいる(前編)
おそらくジーニアスに入学してから最も慌しかった期間を経て、ついに魔獣討伐実習──『課外授業』の当日を迎えることとなった。暑苦しい時期は抜けたが、雲の少ない蒼天の陽気でじんわりと汗が滲んできそうだ。
まず、課外授業は二日間に分けて行われる。
一学年だけの生徒だけでもそれなりの数がいるため、非常勤で雇われている狩人や教師だけでは監督しきれないからだ。危険が付きまとうと口が酸っぱくなるほど重ね重ねに生徒に伝達してあるが、万難に備えるためには前半と後半に分けるのが通例だ。
加えて、魔獣の狩猟が主な課題だが、一箇所で大量に狩ってしまいと、既存狩人の食い扶持も潰しかねないため、一日目と二日目では別の場所に赴いて狩ることになる。
ただ、一日目班と二日目班が完全に別れて行動する訳でもない。
「──つーわけで、どの魔獣もそうだが、消化器官の扱いについては丁寧に行うこと。この辺り雑に扱って破けたりすると、素材の質に響いて買取額が悪くなる。…ぶっちゃけ、めちゃくちゃ臭いからな」
太陽の光が頂点からしばらく傾いた頃に、俺は口頭説明を交えながら魔獣の死骸を解体していた。
二日目に森に入る生徒は座学の時間だ。と言っても教室の中ではなく、魔獣解体の実演を見て学ぶのだ。当然、教材となる魔獣は先ほどまで森に潜っていた一日目班が狩猟してきた個体だ。俺が捌いているのも、先ほどまで生きていた個体だ。
普通に考えれば狩猟を行った一日目班にそのまま解体の実演を見せれば良いと思うだろうが、忘れてはならないのが生徒の大半は貴族のお坊ちゃんとお嬢様だ。魔獣を初めて目の当たりにしたという者もいれば、それこそ大半は生物を仕留めた経験が無い初心者だ。
狩猟した流れでそのまま個体の解体は、あまりにも精神的に負荷が高すぎて授業に身が入らないはずだ。よって、狩猟と解体の実演については一日目と二日目でそれぞれ分かれて学ぶ形になっているのだ。
少し前まで森に入っていた一日目の班は、今は乗ってきた馬車の中やその付近でへたり込んでいる。
「狩人なら、大体一度は通る道だ。この辺りをどうしても克服できなくて挫折するやつもいる。まぁその点、魔法使いであればニオイ対策も風魔法や水魔法でどうにかできたりもするがな」
本来ならこの解体の実演も講師役の狩人が行うのだが、魔獣については下手な狩人以上に経験が豊富という訳で、ノーブルクラスにおける講師役を学校長より仰せつかったわけだ。
とはいえいきなりではない。序盤あたりから既に告知はされていたので、自分なりに教える段取りは作ってきた。当日はなるべくそれをなぞり、たまに行き当たりは入っている。
おおよその血抜きは既に完了しているので、まだほのかに温かみのある肉の腹部に大ぶりのナイフを刺し入れ、内臓を取り出していく。
「魔獣の種類によってはこれら消化器官──胃や腸は珍味としても知られてる。ちなみにこいつは程よい歯応えと独特の風味で酒のお供には最高だって、狩人の間じゃ有名──らしい」
「……食ったことはあるのか?」
「酒と一緒じゃぁなかったがな。確かに妙にハマる味わいがあったのは確かだぜ。小遣い稼ぎと酒の肴の調達を兼ねて、狩人が狩猟するってわけよ」
アルフィが渋い顔をしているのは、先ほどまで生きていたモノの内容物を拝んだせいだ。人間とは形が異なる生物であろうとも、大半の構造は結構似ている。その辺りを想像して気分が悪くなるのも当たり前だ。
「けど、寄生虫やら何やらがいる可能性もあるし内臓系だから痛むのも早い。なるべくせいぜい仕留めた翌日。どれだけ鮮度を保っても二日後ぐらいまでが限度だ。ついでに、必ず清潔な水でしっかり汚物を洗い流した後に芯まで火を通すこと。新人が雑に処理したのや傷んだのに手を出して、三日三晩トイレから出なくなるなんて話もざらにあるからな」
なんて話をしてから同級生たちに目を向けると、顔を蒼白とさせている者がほとんどだ。中には口元に手を当て、手近な岩や木の影にかけていく者もたまに出てくる。
「……よくもまぁそんな淡々と説明できますね。何かコツのようなものでもあるのですか」
情けない面こそ晒していないが、カディナも顔色を悪くしている。それでもちゃんと話を聞き真っ直ぐ見据えているあたりは上等だろう。
「コツも何もあったもんじゃねぇよ。こんなのやってりゃ嫌でも覚えるし慣れる。つか慣れなきゃ狩人としてご飯食えねぇよ」
魔獣の解体を行う際に、新人の狩人が必ずぶち当たるのが『これ』だ。先ほどまでは生きていた筈の生物の内臓を晒す作業は、慣れない者であれば気分を悪くして当然だ。俺だって大賢者に初めてやらされた時は胃の中身を全部戻したからな。
そう考えれば、今のカディナを含め、他の生徒も俺の時より遥かに気構えが出来ている。
「他の臓器も個体とその部位によっちゃぁ美味いのがある。ただ、魔法使いにとって重要なのは、薬の原材料にもなることだ。魔獣が取り込んだいろんな食料が体の中で蓄積濃縮されるからな。そうした特性を利用して、薬を専門に扱う魔法使いは、魔獣を繁殖させてる」
「聞いたことがある。でも、魔獣の飼育って免許が必要なんでしょ?」
ミュリエルらしい発言に俺は頷く。
「ああ。飼育を全面的に禁止されてるヤバいのもゴロゴロいるからな。禁止されてる個体についちゃ、やっぱり狩人に依頼するか自分で仕留めるしかないわけだ」
つっても、裏の魔法使いであればそんな法律ガン無視して、禁制の魔獣を飼育してるなんてのはよく聞く話だ。とはいえここで話す内容でもないだろう。
ちなみに、これらの技能や知識についても当然、大賢者の婆さん直々に指導を受けたがゆえだ。自分で仕留めた魔獣をその場で解体して夕食になるのが、黄泉の森での鍛錬ではよくあったものだ。




