第二百三十五話 燻る火
ライドと狩人が懸念を抱いている、まさに同時刻。
「──んで、どうするんだよイアン。ここのところ大人しくしちゃいるがよ」
「ダカルの言う通りだぜ。言いつけ通り良い子ちゃんぶってんのは、俺も限度ってのがあるぜ」
「わぁってるよ、んなことたぁ俺も」
狩人組合に併設された食堂の片隅に陣取り、ぶつくさとくだを巻いている三人組がいた。リースに絡んだあの不良狩人達だ。
少し前までは中央に陣取り、酒を煽りながら大いに騒ぎ立てていたものだが、学生に『ボロ負け』した日から様子が変わった。自ら絡んでいったのにあっけなく返り討ちにあったという醜聞は、組合に属する狩人の多くに知れ渡っている。おかげで大勢から向けられる白い目を避けるために。人気のない端っこに居座っているわけである。
この三人は元々個人で活動していた狩人。どこか波長が合ったのか、いつの間にか依頼を共にするようになり、やがては仲間として活動するようになった。
器用なイアンに膂力のあるマット。俊敏なダカル。特徴の異なる三人は、仲間となってからはさらに頭角を表し、他の狩人にも一目置かれる存在であった。以前に所属していた支部においては、いちばんの稼ぎ頭であったのは確かだ。
だがしかし、それ以上に素行の悪さで大きく目立っていた。
「王都の仕事は堅苦しい。デカいのを狙おうにも面倒くせぇったらありゃしない」
三人の中ではいちばんに体格の良いマットは、酒を一気に飲み干すと円卓を叩くように杯を置く。酒場の喧騒に紛れるが、彼の苛立ちを大きく示していた。
「小遣い稼ぎをしようにも、取り締まりが厳しいからな。客をつくろうにも組合の監視が厳しい」
「お偉方のお膝元だからな。締め付けがきついのは仕方がねぇよ。組合にも面子ってのがあるからな。まぁ、だからこそほとぼりを覚ますにはちょうど良いんだが」
痩身のダカルが険しい表情でボヤくと、リーダー格のイアンが肩を竦める。
端的に言ってしまえば、彼らは稼ぎのために色々と無茶をしていたのである。それも、彼ら自身だけではなくそのほかにも大いに影響を与える形でだ。個人活動の時ですらそうであったのに、三人組になってからは更に悪化した。
他ハンターの獲物を横取り紛いで喧嘩沙汰にまで発展するなど日常茶飯事。時には組合が許可していない狩猟を行なっては無理な買取を要求したり。裏では密漁を行い、流通が規制されている魔獣の死骸を違法に売り捌いていたという噂もあった。
「ったく。あれだけやりすぎるなって釘を刺してただろうが。でなけりゃぁ、前の支部でもっと稼げただろうに」
「なっ──俺らが悪いってのかよ!」
「そいつぁ聞き捨てならねぇな」
やれやれとイアンが嘆息すると、マットとダカルは憤りのままにテーブルを叩く。振動で杯が倒れて酒や更に乗った料理が溢れるが、お構いなしだ。
「おいおい、怒鳴るのはそれこそお門違いだろうよ。俺一人でとんずらしてよかったところを、わざわざお前らに声をかけてやったんだぜ? でなきゃぁ、今頃は王都の美味い飯じゃなくて、冷たくて不味い飯を漁ってただろうよ」
腕のある狩人の存在は支部にとっては喜ばしいが、それは健全に活動していればの話だ。悪い意味での目立ちが嵩んだ三人組を、稼ぎが良いからと好き勝手放題を許すほどに狩人組合もお人好しの組織ではなかった。
組合が本腰を入れるよりもはやく、三人組──イアンが動向を察知し、二人を伴って支部のある街から逃れたのだ。そして、新たな稼ぎを求めて、多くの依頼が集まる王都にやってきたのだ。
だが、ダカルやイアンが述べたように、組合の狩人への管理は彼らが想定していたよりも厳しいものであった。ある程度の荒事や喧嘩、態度の悪さについては寛容であるものの、裏社会への繋がりについては厳格な態度を持って対処をしていた。
魔獣素材の用途は多岐に渡るが、その中には当然国の法律に抵触するものも数多くある。それらの売買で生計を立てる狩人への監視の目も当然、厳しくして然るべきであった。
特にこの王都においてはそれが顕著である。
「まぁ、これについて蒸し返したのは俺だ。お前らも聞いてて悪い気をさせたのは謝る。すまなかった」
「……いや、俺たちも悪かった」
「これ以上は、やめておこうぜ。隅っことはいえ誰が聞いてるかわからねぇしよ」
殊勝な謝罪に、イキリ立っていたマットとダカルが引き下がり落ち着きを取り戻す。
もっとも、この流れはイアンの思惑通りだ。
仲間二人が憤りを溜め込んでいるのは承知している。そこであえて二人のヤラカシを指摘して軽く爆発させた上で、こちらに非がある風に話して謝る。すると、怒った側も自身の非を落ち着いて認識できるようになり、鎮火に至る。
けれども、その炎が完全に消え去ることはなかった。




