第二百三十四話 組合側の懸念
課外授業が目前と迫った頃。
「それで、生徒たちの仕上がりはどうだ?」
「皆、限られた期間の中でも、我々狩人の話を真面目に聞いて取り組んでいましたよ。この分なら、本番も万全で迎えられるでしょう」
組合の一室では、組合側の責任者であるライドと、派遣された者の纏め役を請け負った狩人で、課外授業に向けての打ち合わせが行われていた。
「幾度かジーニアスの生徒に講習をさせてもらっていますが、毎度のことながら実に熱心だ。魔法以外についても積極的に知識を得ようという姿勢があります。教えるこちら側も熱が入るというものですよ」
「ジーニアスの学校長は、我々の親よりも古い時代から生きる長寿の魔法使いだが、懐古主義とは程遠い人柄だ。貪欲に新たなものを得ようとする姿勢が、生徒たちにも伝わっているのだろう」
「ああいう子たちが、将来の国を背負うと考えると、先の未来が少しだけ明るいように思えるから不思議です」
「同感だ。少なくとも、現場を知らぬまま安全な屋敷の奥でふんぞり返っている、頭でっかちな魔法使い共よりは遥かに頼りになるだろう」
「たしかに」と、幹部と狩人は揃って笑った。そう上手くいく保証は無いが、そう思わせるだけの熱意がジーニアスには存在しているのだ。
今回の課外授業に向けて、未経験の狩人も講師役として連れて行ったが、どれも生徒たちの熱心具合に驚いていた。相手はほとんどが貴族の子息令嬢と聞いて最初は尻込みしていたが、いつの間にか生徒たちの熱意に押されて狩人側からも積極的に話をするようになっていた。
いくつか話題を経た後に、ライドが少しだけ居住まいを正した。
「それで、だ。少しだけ話は変わるが……」
「ええ、リース君の件でしょう?」
幹部の語尾が尻込みすると、狩人が苦笑しながら先回りする。
咳払いを一つして調子を整えてから、ライドが改めて口を開いた。
「実際のところ、どうだったかね」
「それとなく話をふりましたが、脈なしでしたよ。残念ながら」
狩人のざっくりとした言いように、ライドは深く息を吐いた。予想はできていたが、いざ突きつけられるとやはり落胆を隠せなかった。
「組合があの子を欲しがる理由がよく分かりましたよ。あれは狩人でなくとも、どこも喉から手が出るほどでしょうな」
「それほどか」
「あの子が戦っている場面を見る機会がありましてね。ほら、ジーニアス独自の」
「『決闘』か。私も何度か、別の機会で見たことがあったが」
エディとジルコの二人に変則マッチで挑んだ決闘だ。ちょうどのその時に校舎内で教師と話をしていた際に、観戦しないかと誘われたのだ。実際の戦いぶりを見ると、幹部が執心する理由がよく分かった。
「肝の座りようは、歴戦の狩人とも同等を張りそうだ。組合に所属したら間違いなく、最上位を狙えるでしょう」
「なのに、組合に属する気は皆無だと」
狩人が率直に首を縦に振ると、分かりやすく肩を落とす組合幹部。言い換えれば、それだけリースという人材の将来性を買っていたのだ。
「以降は、無理に組合に誘うよりは、程よい距離感で付き合っていた方が良策でしょうな」
「やはりそうなるか……分かった。他の職員や幹部にも伝達しておこう」
非常に惜しい人材ではあるが、本当に芽がないのであれば諦めも大事だ。下手に拗らせて関係が断絶するよりかは、稀に希少な素材を組合に卸してくれる、幸運のような存在と捉えていた方が良いのだろう。
「逆にこちらからも良いですかね?」
「ん? なんだね」
リースの勧誘に区切りがつくと、今度は狩人側から口火を切った。
「自分は最近、もっぱらジーニアスの方に掛かり切りで、近頃の組合については疎いのですが……あの三人組はどうなっているんですか?」
話題が切り出された途端、ライドは苦虫を擦り潰したような顔になる。
他でもなく、組合内でリースに絡んだあの不良狩人達の件だ。
課外授業を前にして無視を決め込むのは難しく、思い出したくはないが、思い出すしかない話だった。
「奴らについてか。ああ、最近は大人しいさ。怖いほどにな」
ライドもあの三人組については、リースに絡む以前から注意を払っている。以前に所属していた組合支部で問題を起こし、王都に流れてきた頃からだ。ただ、日頃から多忙であり三人組の監視だけに注力してはいられない。
職員や馴染みの狩人に話を聞いている範囲では今のところ大人しくしているようだが。
「これまで何かと騒ぎを起こしていただけに、しばらくの平穏さが逆に不安だ」
「規模は違いますけど、嵐の前の静けさにも思えますか」
「ジーニアスの学生達を巻き込むような嵐は本当に勘弁してもらいたいが」
ライドは一度言葉を切ると。
「どうせなら関節を外すなんて生ぬるいことはせず、腕の一本や二本を圧し折る位のことはやってもよかったんだがなぁ」
「そいつは随分と物騒ですね。いや、言わんとするところは分かりますが」
腕相撲を提案したのはライドであったが、彼の目から見てリースは明らかに手加減をしていた。もしあの少年が本気を出していれば、相手の腕は関節が一つか二つは確実に増えていただろう。ライドとしてはむしろ、そうなる事をどこか期待していたのだ。
ライドも狩人を経て組合職員となった。その間に、素行が悪く問題を起こした狩人を腐るほど見てきた。あの三人組に似た輩も当然、幾人も相手にした経験がある。
「あの手合いを更生させるとなると、それこそ性根を文字通りバキバキに折って叩き潰すくらいは必要だ。……そこまでやると、大概は狩人を止めるが」
「中途半端に痛めつけるとむしろ逆効果だと。その辺りの判断を、将来有望とはいえ十代半ばの少年に求めるのは酷でしょう」
もし仮にリースが『そこまで』やったとしても、狩人組合は情緒酌量の余地は十分以上にあるとして、むしろ迷惑をかけたと謝罪する姿勢を見せただろう。
「せめて、課外授業が終わるまでは、フリでも良いから大人しくしてくれると助かるが」
「自分の狩人仲間にも、それとなく注意するようには呼びかけておきます」
「申し訳ないが頼んだ」
今年の課外授業も無事で終わる事を、ライドも他の関係者も強く祈った。