第二百三十三話 青い春のその一方で
注)時系列的には、前話よりちょっと前の話になります。
有意義な学業生活を送り、あるいは健やかな青い春を送っている生徒がいる一方で、陽だまりの片隅にある小さな影にすら居場所を失いつつある者もいる。
エディ、ジルコの二名である。
意気揚々と優位な状況で決闘を挑みながら、これでもかというほどに完膚なきまでの敗北を喫した。
文句の挟みようがない徹底的な負けっぷりを晒したことにより、彼やその取り巻きへの不満は表立って叫ぶことは不可能になってしまった。
更に──。
「悪いけど、もう僕らには関わらないでくれないか」
「んなっ!?」
「……どういう意味だ」
拒絶を露わにしたのは、それまでは一緒に集まっていた生徒だ。
エディらと同じく、有力者への取り入りに失敗し、切磋琢磨する生徒達を冷めた目で見ていた、陰鬱の集団。エディらにとっては共通の話題で盛り上がれるグループであったのに、決闘の後の激痛から数日をかけてようやく復帰し、集まりに向かった際に投げかけられたのは断絶の言葉であった。
「あんな大恥を晒しておいてよく言えるな。そもそも、あの決闘が初っ端からして言い掛かりだったのは周知の事実だ。あの首席が気に入らないのは僕らも同感だけど、ならせめてまともな条件で決闘すればいいだろうに。なんで二対一なんてバカな真似をしたんだ」
「あ、あんな化け物に一人で挑めってのか! 勝てるわけねぇだろ!!」
エディが叫び声を上げると、不意に頬と歯に痛みが走る。決闘でリースに折られた部分だ。
あの決闘から日は経過しており、夢幻の結界内での怪我ゆえに今は無傷の状態だ。通常とは違う形での結界の使用であったため、痛みは後日にも響いていたがそれも治っているはず。なのに、ふとした拍子に殴られた部分が疼くのだ。
その度に、決闘場でリースに殴り飛ばされた記憶が脳裏に去来する。身一つ拳一つで文字通りにへし折れらたのは、歯だけではなく魔法使いとしての矜持も含まれていた。
ジルコも同様らしく、痛みがぶり返したのか鼻面を抑えて顔が蒼白になっていた。決闘中はエディに比べて幾度も殴られぶつけられたせいでこちらの方がより顕著であろう。
「二対一で挑んだ挙句、魔法すら使ってもらえずに負けたなんて、恥晒しもいいところだ。一対一で戦って倒された方がまだ華があったろうな」
好き放題に言われてエディもジルコも歯を噛み締め肩を震わせるが、喉から言葉が出てこない。憤りはあるが、ぶつけられているのは全て正論であると認める程度の理性は残っていたからだ。あるいは、リースの時のように小賢しい屁理屈を捻りだせるほどの余裕を失っていたからかもしれない。
この集団の発端は、他ならぬエディとジルコの二人だ。そこから徐々に似たような生徒が集まりだしたのだ。その為、最初の二人は集団の中では筆頭格のような立ち位置だったはずなのだ。それがまさかの追放ともなれば、戸惑いも強まり余裕も失せる。
「あんな無様を露わにした奴らと一緒にいたんじゃ、僕たちまでそう見られかねない」
彼らを繋げていたのは友情の類ではない。
学校の片隅に追いやられたことへの不満をボヤき、明るい学生生活を送っている生徒への苛立ちを吐露する。そうした他責を吐き出し共有することでの『居心地の良さ』が集団を形成している。そのくせ、魔法使いとしてのプライドだけは妙に高かったりするのだから困ったものである。
エディとジルコは、この『なけなしのプライド』を損なう行いをしたとして、グループからの排斥を言い渡されたのである。
「文句があるなら、決闘でも白黒つけるかい? 今度は『卑怯な手』を使わずに、正々堂々とさ」
睨みつけてくるエディに対して、生徒が挑発気味に嘯くが、返す言葉が出てくるよりも先にすぐさま「あっ」とわざとらしい声と共に口元に手を当てる。
「ごめんごめん。決闘で無惨にも負けた君らは、しばらくは誰かに決闘を挑むことができなかったんだ。忘れていたよ」
困った風に肩をすくめながら、済まなそうにいうがその顔には明らかな嘲が含まれていた。彼の声に釣られて、他の生徒もクスクスと笑い声を漏らしていた。少し前まではグループのリーダー格であったはずが、すでに除外されてしまったのだと思い知るには十分すぎる反応であった。
もし仮に、リースとの決闘に勝利していたとしても、『二対一の上で最大限に手加減されていた』という事実には変わらずに、グループの中でも階級は最低にまで落ち込んでいただろう。
「悪いけど、僕らは君たちのような『恥晒し』と一緒にされたくないんだ。もうここにはこないでくれ」
「──こんな集団なんてこっちから願い下げですよ。せいぜい後者の端っこでいつまでもイジケテいればいい」
ジルコは吐き捨てるが、それが負け惜しみなのは誰が聞いても明らかであった。グループの面々も小馬鹿にする笑みを向けてくるのが更に神経を逆撫でし顔を真っ赤にしながら、それ以上は語らずに背を向ける。エディも大きな舌打ちを最後にして去っていくエディに続いた。
その背中が見えなくなる最後の最後まで、嘲笑の声が消えることはなかった。
次話で、時系列的な話を少し挿入する予定




