第二百三十二話 アルフィの『躊躇い』
リースがクラス代表らとの会議を行っているのと同時刻頃、学校外の街の一角。お菓子に評判のある喫茶店にて、注目を集める席があった。
「当然のように居ますけど、ミュリエルさん。あなた、リースの補佐はいいんですか?」
「ちゃんと頼まれてた仕事は完璧に終わらせた。ぬかりなし。終わったら帰っていいとも許可をもらってる」
「君のそのドヤ顔って妙に不安を掻き立てるよねぇ。本当なんだろうけど」
カディナに問われて、ミュリエルはいつもの眠気眼のまま自信ありげに親指を立てる。その様にラピスが苦笑気味に言葉を挟む。
少女三人が話に花を咲かせているのを、同じテーブル席の一つに腰を下ろしているアルフィはぼんやりと眺めつつ、運ばれたお茶を啜る。テーブルの上にはお茶のほかにもさまざま色とりどり菓子が並んでいる。
もはや当たり前になりつつあっても誰も進んで触れることはないが、アルフィという青年はそれはそれは端正な顔たちの持ち主である。学外を出歩けば、何も知らない一般通行人が時折に目で追ってしまう程度には整った顔をしている。
しかも、日頃よりリースと鍛錬と称した殴り合いを共にしている事からか、スリムでありながら服の内側はなかなかに整っている。立ち振る舞いからして精悍であり、ただ歩くだけでも様になるのだ、これが。
そして、三人娘。今さらいうまでもないが、どれもが高い水準の美少女達である。
カディナは意志の強さを物当たるキレのある眼差し。
ミュリエルは常にポヤポヤして穏やかな雰囲気を出し。
ラピスは溌剌でありながら時折に出てくる女の子の所作。
そして、そのどれもが同世代も羨む女性的な豊かさを持ち合わせている。三人それぞれが学内でも非常に高い人気を誇っている。
彼彼女らが同一に会していたのを事情を何も知らない者がみれば、アルフィとその取り巻き。あるいは彼を取り合う少女達という図にも見えるだろう。物語であれば、多くの男が一度は憧れる状況であろう。
(……俺、帰っていいかな?)
羨まれる状況の渦中にいる今まさにいるアルフィは、香りの良い茶を飲みながら内心で愚痴っていた。事実は小説よりも奇なりとはよくいうが、時には小説よりも事実は非道となり得る場合もあるのだ。
「でも、この前のリースの決闘はスカッとしたよ。まさか魔法も使わず素手で倒しちゃうなんてさ。僕も負けてられないって気がする」
「その話何回するんですか? ……気持ちは分かりますけどね。私が組合にご一緒した時、無礼な男達を圧倒する様は見ている方は壮観でしたしね」
「腕相撲で、でしょ。カディナもなんだかんだその話を最近持ち出すよね。これって、私が最初に組合で絡まれた時の話もしたほうがいい?」
女子達は随分と話が盛り上がっているが、どれもが何かとリースに絡んだ内容だ。
普段から接する機会が多いのだから当然かもしれないが、それらを語る彼女達の顔は実に良い笑みである。まさしく青い春を堪能しているといった具合だ。実に結構な事である。
──自分が蚊帳の外という状態でなければ、甘酸っぱい感情を体験できたのかもしれない。
アルフィがこの場にいるのは本当に偶然だ。
三人揃って学外に赴く場面に出会し、そのままなぁなぁでここまで一緒にきたのだ。なんだかんだ、ジーニアスに入学してから最も親しい友人達には違いない。何も考えずに付き合ったわけだが、この微妙な疎外感を味わうに至るのまでは流石に想定外であった。
あるいは、いつもはリースと一緒であったので、彼を抜きで彼女達といるとどうなるのかまで気が回らなかったとも言える。
一方で、彼女達の話の中心にいるリースに対しての嫉妬心というのも実はあまりなかった。
というものの、別にアルフィはこの三人に対して友情はあるものの恋愛感情をほとんど抱いてはいない。
彼女らが女性として非常に可愛いし綺麗であるのは大いに認める。時折に一部の揺れ具合に目が引き寄せられるのは仕方がないにしろ、恋愛の関係に発展したいかと問われたら、アルフィは首を横に振る。
そもそも、アルフィは『転生者』。つまりは『前世』からの記憶がある。その生前の経験を精神年齢に加算すると立派な大人だ。
普段の落ち着いた立ち回りや思考の流れは、人よりも多くの経験が彼の魂に根付いているためだ。もっとも、リースと一緒にいる時はまさしく歳相応の少年らしさが顔を出すが、それは彼が最も気のおけない間柄であり、良くも悪くも信頼関係があるからだ。
だからだろうか。肉体が同世代の少女ともなると、むしろ一回り年下の女性を相手にしているような感覚に陥る。友人としては対等に接する事ができるが、恋愛対象となるとどうしても躊躇いが強く出てしまうのだ。
そうした『躊躇い』の存在に気がついたのは、ジーニアスに入学してからだ。
自覚する前は、女の子に囲まれてモテる自分を想像してニヤけたりもしたが、思っていた以上に胸の高鳴りが訪れず、むしろ落ち着きを持って接する自分がいた。それを冷静に分析した時の、軽い絶望感は今でも忘れられない。
女の子に囲まれて黄色い声を浴びせられる適性はあっても、女の子を垂らし込む適性まではいかに天才たるアルフィも持ち合わせていなかったのである。
もっとも、そうしたアルフィの中にある『躊躇い』が、同級生達からは『紳士的』に映っているようで、アルフィの人気をさらに高めているのだから皮肉なものだ。ラピスらともこうして親しい間柄にはなれなかったかもしれない。
恋愛感情がないにしろ、親友の惚気話を当事者を除いてずっと聞かされているのは居た堪れなさと同時に、着実にリア中の階段を上り詰めている事実に怒りは滾ってくる。そして、精神年齢なんて関係なく女の子と仲良くなれるほどに突き抜けられず、またこの場から立ち去る決意もできない己のヘタレ具合も絡んで絶妙に情けなさを感じる。
──とりあえず次に会ったら奴を殴ろうと、アルフィは固く決意をした。