第二百三十一話 心に響く選択肢
一通りに助言を加えてから全体を見渡す。
「随分と上手く教えるもんだ」
と、近づいてきたのは先ほどの会議に参加していた狩人。物好きなことで、俺たちの自己鍛錬を見学したいと申し出たのだ。もちろん教師からも了承を得てこの場にいる。
「ジーニアスにいる生徒は元から出来がいいから。軽く教えるだけで大概は理解できますよ」
「そうかな? 魔法は日常範囲でしか使わない私でも、聞いているだけで十分に参考になると思ったよ。組合に具申して、教導の一環に取り入れてもいいくらいだ。もちろん、君が首を縦にふればの話だが」
「そりゃちょっと話が壮大っすね」
あまり現実味の湧かなくてどう反応すれば良いかわらかず、俺は曖昧な返事しかできなかった。「この話は次の機会にするか」と述べてから、狩人はどうにかこうにか六角形防壁に挑戦する生徒達を眺める。
「幾度か、課外授業での講師役を務めさせてもらっているが、ジーニアスの生徒は本当に勉強熱心だ。我らのような平民にも偉ぶる事なく、真摯に疑問を投げかけてくる。教師もそうした生徒達に本気で向き合っているのが外から見ていてもよく分かる。他ではとてもこうはならない」
「もしかして……ジーニアス以外でも講師役とかを引き受けたりするんですか」
ジーニアスは間違いなく国内最高峰の魔法学校。けれども、水準を下げれば他にも似たような教育機関はいくつか存在しているし、国の外に目を向ければもっとたくさんだ。
口ぶりから、そうした他の学校も似たような取り組みをしているように聞こえたが、狩人は苦笑混じりに肩をすくめた。
「むしろ、他の学校がジーニアスを真似てな。どこの魔法学校も、生徒に実戦経験を積ませる機会に苦心しているよ。その点でもジーニアスは機会に恵まれている。見たことはないが、『決闘』というのもこの学校独自のものだろうしな」
「ああ、やっぱり珍しいんだ」
ジーニアスの決闘は、希少な魔法具である『夢幻の結界』が存在するからこそ可能な仕組みだ。怪我の帳消しが発生しなければ、連日のように生徒が魔法を撃ち合い競うなんて荒っぽい教育なんて土台無理である。
そうした最高教育機関の教育課程の一環で、他の学校が真似できそうなのが、魔獣の討伐。その為に魔獣狩猟のプロである狩人を外部から講師として呼ぶのも、自然の流れではあるかもしれない。
「とはいえ、私自身の経験も含めて、狩人を外部から呼んで上手くいったと言う話はてんで聞かないがね」
「そりゃそうだろうなぁ。外部講師の言うことなんざ、貴族様が正直に聞くはずねぇもん」
魔法学校に通う生徒というのは、大半が貴族だ。そうした者の多くは平民を低く見ている。この国においての貴族とはほぼ全てが秀でた魔法使いの血族。彼らにとって平民は、権力的にも能力的にも劣っている存在──という認識が強い。
狩人がどれほどに魔獣を相手にしてきている練達集団であろうとも、貴族にとってはどこまでいっても『平民』という括りなのだ。
「組合もある程度は想定して品の良い狩人を選出し派遣するが、言葉遣いから始まって、所作の一つまで注文が出てくれば嫌気もさしてくる」
狩人が受けたであろう精神的苦痛を想像してしまい、俺はゲンナリとしてしまった。案の定というべきで、結局は生徒側、狩人側双方からの苦情が大量発生し、『魔獣討伐』という本番にたどり着く前にほとんどがご破産になったらしい。
「俺だったら、入学して半月もしないうちに自主退学しそう」
「もっとも、そうなることは半ば予想していたからね。契約を交わす際には細部まで詰めに詰めたし、報酬もある程度は前払いだ。でなければ、請け負った狩人のみならず、組合も大損害だった」
この辺りは組合の上層部も馬鹿ではなかった。貴族を相手に商売をすることの難しさは重々承知しており、特に依頼側と請負側が対面する時間が増えれば増えるほど問題が増えることは分かりきっていたからだ。
聞けば聞くほど、ジーニアスという学校がいかに特異な教育機関なのが分かる。ここに通う生徒は、相手の身分がどうあれ己の向上に繋がれば些細な問題と切り捨てる貪欲さがある。ジーニアスの教育はジーニアスの校風があってこそ成立するのであり、他が真似したところで上手くいくはずがなかったのだ。
「話は戻るが、同じ学生を相手に手際よく教えるものだと感心したよ。っと、これは少し上から目線だったか」
「狩人としちゃぁ大先輩でしょうよ」
「無駄に歳が上だというだけさ」
そこに人生経験も含まれているのだからやはり『先輩』は適切であろう。少なくとも目の前に狩人は俺の誠実に向き合っている。であれば俺だって誠実で返すのが筋だ。
「友達相手に教えたことがあって、それと同じものを他の連中に伝えただけだ」
「にしては随分と『様』になっていたがね。もしかしたら、人にモノを教えるのが得意なのかもしれないぞ。それこそ将来は『教師』でも目指すのも面白いかもしれないな」
それは普段、日常からよく耳にするし口にもする言葉には違いなかった。
けれども、不思議とどうしてか。
この時の『教師』という一句が、俺の心に不思議と染み渡ったように感じられた。
無意識に胸元に手を置いて反芻するが、ハッと我に返って頭を振った。
「──って、俺が教師? ないない、そんな柄じゃないって。知ってるでしょうけど、俺は平民ですよ?」
親は田舎で酒屋をやっているだけのただの平民だ。魔法学校の教師というのは、それこそ誰もが認める魔法のエリート。俺なんかでは──。
「しかし、君は学年首席を任されている優秀な生徒には違いない」
手をパタパタ振って否定するが、狩人はなおも言葉を連ねる。
「己の得手不得手は、案外自分では気が付かないものだよ。ただ、私がそう感じただけで、十割そのまま受け取られると少し荷が勝ち過ぎるかな」
「そういう言い方、ちょっとずるくないですか」
「こうした言葉の逃げ道を設けておくのは、万が一の保険になりうる。人生の先達から、ちょっとした助言だ。心の片隅にでも留めておくといい」
悪びれもなく、むしろどこか得意げな狩人だ。俺もやがてはそうした小細工を弄する大人になっていくのか、とちょっと切ない気持ちになる。ただそれもまた成長といえば成長なのかもしれない。
「まぁ教師がダメでも狩人になるという選択肢もあるしな」
「…………あんたもライドの差金か」
「隙あらば勧誘しろとのお達しだ。卒業後に気が変わったら、いつでも大歓迎だと」
「諦めないなぁあの人も」
用事で組合に赴くたびに、ちょくちょく勧誘してくるのだから、どれだけ本気なのかが伺える。今のところその予定はなく首を横に振っているが、おそらく課外授業が終わるまで続くのだろうな。
──その後、クラス代表たちの自主練は完全に陽が落ち、教師がやってくるまで続いたのであった。




