第二百三十話 たかが防壁、されど六角
案の定、職員室にいた教師からは快く鍛錬場の使用許可が降りた。ご丁寧に、灯りの魔法具まで貸与してくれて、おかげで多少暗くなろうが全く問題なくなってしまった。
鍛錬場に移った生徒達の前で、俺が投影して見せたのは六角形防壁だ。
「まぁ、魔力制御なんてのはものすごくぶっちゃけちまうと『慣れ』としか言いようがないんだが、じゃぁその慣れるためにどうすりゃ良いかってので、みんなには『こいつ』をやってもらう」
たかが防壁。されど六角形防壁。俺が決闘で見せてきた実績が功を成し、誰もが真面目に俺の説明に耳を傾ける。
話した内容は、以前にラピスにも教えた六角形防壁の作り方だ。一度経験があったからか、二度目はすんなりと説明できただろう。
一通りを語り終えれば即実践。それぞれが一斉に投影を開始する。
予想通り全員が最初の六角形を作るところからまぁまぁ苦戦していた。逆に見ただけで真似されたらそれはそれで俺の矜持がほんのり失われるかもしれないが。けれども皆が熱心に挑戦している光景は、なかなかに壮観である。
「ぬぐぐぐぐぐぐ……」
この自主練が始まるきっかけを作った男子がとりわけ酷かった。最初の一つを作るのはまだしも、二個目三個目といくと途端にぐっちゃぐちゃになる。魔力制御が難点というのも少しは頷けた。ただ、言い出しっぺだからというわけでもないが、一際真剣に向き合っているようにも感じられた。ああ言うのを見ると、教え甲斐と言うものが出てくる。
「最初からいきなり小さいのを大量に作ろうとしなくても良いぞ。最初はできるサイズから試していきな。正確にできるようになったあたりから徐々に小さくしていくんだ」
「な、なるほど。やってみる」
男子は頷いてから改めて手元に集中し、それまでより一回り大きい、魔力できた六角形に真剣な目で向き合う。これほどの熱意があるのなら、多少なりとも時間がかかろうが必ず六角形防壁を作るに至るはずだ。
俺は他の生徒を見回り、渋い顔で苦戦している者には軽い助言を加える。元よりこの場にいるのはジーニアスで真面目に研鑽を続けていた生徒ばかr。こちらが一つを伝えればそこから三つも四つも解を見出していく。手取り足取りなんて教えてやる必要なんてない。
しかし、やっていると達成感のようなものが胸中に芽生えていくから不思議だ。俺の言葉を受けた他の生徒が、成果を出した時に見せる微笑みを見ていると、これもまた妙に嬉しくなるのだから分からない。
「本当に、躊躇いなく簡単に教えてくれるのね」
と、一人の女子に助言をしたところで語りかけてきた。
「ちょっと試しただけでも分かるけど、これって魔力制御の訓練としてはとても理にかなっているわ」
「お褒めに預かり光栄だね」
六角形防壁を作るには二つの要素が必要になってくる。正確な六角形を作る能力と、それを無意識に束ねていく能力。どちらも根っこを辿れば、魔力制御に必要な技能となる。彼女はそれに気がついているようだ。実際、ここに集った生徒の中では一番上手いように感じられた。
「だからこそ不思議よ。これって、秘匿するだけであなたが他の魔法使いよりも優位に立てるじゃない。私たちに教えちゃって良いの?」
「それ、前にも似たような事を誰かに言われたな」
指先に小さな六角形防壁を投影しながら、俺は以前の出来事に想いを馳せる。あれはまだ性別を隠していたラピスと仲良くなり、またミュリエルと知り合ったばかりだったか。
魔力制御は最も基礎的な技術。向上すれば、それだけ投影速度の向上や消費魔力の効率化を望むことができる。地味ではあるが魔法使いとしての能力を底上げするのに繋がる。彼女的には、つまりは競争相手に塩を送っているように思えるわけだ。
「別に秘匿してもしなくても、魔力制御が十分以上な奴らはいるしな。それに、六角形防壁は弱点を含めて、既に学校中に知れ渡ってんだ。もはや秘匿も何もあったもんじゃないし」
将来的に、俺と戦う相手が六角形防壁を使ったところで、開発者は他ならぬ俺自身だ。対処のしようなどいくらでもある。
「そもそもの話、防御魔法の有用性を示すって意味じゃぁ、こうして誰かしらに教える機会ってのはむしろ願ったり叶ったりだ」
もちろんこれが各人の正解かどうかは分からない。魔力制御の訓練など、十人の魔法使いがいれば十通り出てきて当然だ。ただ、それでも俺が伝えた内容の一割かそれ以下でも伝われば十分だ。
「……確かに。あなたの決闘での闘いぶりを見れば、防御魔法を必要以上に下に見る人なんて、教師も含めてこの学校にはほとんどいないわ」
「入学してからの地道な活動が功を成したって所か」
「……地味かどうかは、少しばかり疑問が残るかもしれないけど」
「おっと」
それから一言二言を交わして、女子は離れていき彼女もまた手元に集中をし始めた。




