第二百二十九話 一斉挙手
決闘を終えて以降、エディとジルコはラピスに絡むようなことは無くなった。あれだけ大勢の前で、しかも手加減の上に舐めプレイを重ねた相手に完敗。それはもう満場一致で、誰がどう見ても明らかな決定的敗北だった。
あんな無様を晒した上で、逆恨みに勤しむ根性なんてあいつらにはなかったらしい。校舎内で鉢合わせしても、気まずそうに顔を逸らして過ごすごと去っていく様を目撃している。ラピスの方も、彼女の顔を遠目で見るなり逃げるように道を変えて消えるようだ。
これで、課外授業に向けての懸念は一応は解決したと見ていいだろう。
「──今日は事前に集計した質問について、狩人組合からの回答を発表させてもらう。細かいところについてさらに疑問があれば、同席してるそこの狩人に捕捉してもらうからな。時間はあるから、後で多少の質疑応答も設けるぞ」
課外授業の日取りも近くなったこともあり、俺らの周りも慌ただしくなってきた。最後の詰めに向けて忙しく時間を過ごしていた。
今日は、各クラスの代表者を集めての会議だ。授業が終わった放課後、各クラスの代表者が集っていた。なお、ミュリエルは別件で外しており、今日は俺一人で進行だ。
「持参できる簡易食糧は常識の範囲内で多少は問題ない。ただし、一人で持ち運べてかつ動きを極力阻害しない量に限る。目立つ量を見つけたら、問答無用で取り上げられるからな。せいぜい、野外活動における軽い栄養補給程度だ」
「やはり狩猟した魔獣が、当日の食事になるのか?」
「野外活動の体験学習が目的だからな。残りの食材は学校が用意する。……罷り間違っても料理人を手配しようなんてことは考えないように」
『貴族様あるある』の冗談を交えた返答に、クスクスと笑いが聞こえてくる。クラスの代表達とは準備期間中に顔をお合わせて何度目かになるが、打ち解けて笑い話を挟める程度の空気感にはなっていた。
余談だが、また狩人と生徒達の間も問題はないようだ。
むしろ講義が行われるたびに、生徒が時間ギリギリまで熱心に質問責めをするようで、狩人側が困るほどだ。幾度か課外授業の時期に雇われた経験がある者はともかく、初めて経験する若い狩人は相当に驚いているらしい。
その後もつつがなく質疑応答が進んでいき、議題を全て消化し滞りなく会議は終了した。
「んじゃぁ、課外授業も目前だが、あまり気負いしすぎず、当日に向けて英気を養うように。俺からは以上だ。解散っ」
締めの言葉を告げると、仄かにあった緊張感が緩んだ。外はそろそろ夕暮れ時といったところか。校舎内にはもう、教師を除けば熱心に自己学習自己鍛錬をしている生徒がちらほらと残っているくらいだ。
「……あの、ちょっと良いか」
真面目な態度で話を進めていたからか、凝り固まった肩や背筋をググッと伸ばしていると、会議に参加していた男子生徒の一人が近づき声をかけてきた。
「どうした。もしかしてなんか分からないところでもあったのか?」
「いや、そう言うわけじゃないんだが……」
男子は少しばかり躊躇いを見せるが、頭を掻いてから恥ずかしげに口を開いた。
「実は、魔力の制御にちょっと自信がなくてさ。もしコツみたいなのがあったら教えて欲しいと思って」
意外な頼みに俺は目を瞬かせた。
授業でも定期的に魔力制御の訓練は行われているが、どれほどやっても上達している感覚が得られていないらしい。
「君が決闘で戦うところは何度か見せてもらったけど、戦っている最中にも全く澱みなく魔力を制御している様を見て本当に凄いって思ってて。こういう機会でもなければ、ノーブルクラスでかつ首席の君と話すことも難しいからさ。もちろん、無理だと言われれば諦めるけど」
俺の周囲では既に『当たり前』な空気になっている為か、こうして面と向かって褒められるとほんのり照れが出てしまう。それをグッと飲み込んでから俺は口をひらく。
「あーー、別にかまいやしないけど……これをやりゃぁ劇的に変わるもんってのはないぞ。そういうのを期待されてたら困る」
「いやいやいや、そこまでは求めてない。ただちょっと行き詰まってる感じだから、新しい刺激が欲しいっていうか──え、良いのか?」
俺があっさりと了承していたことに最初は気がついていなかったようだ。驚く男子に、俺は改めて頷いてみせる。
「俺の我流でよければな。正確にはコツっていうよりも訓練法になるし、ついでにおたくの肌に合うかは保証できないけど」
「十分以上だ。お願いしているのはこっちなんだから。ぜひにも教えて欲しい」
「んじゃぁ、今から鍛錬場を借りられるか教師に聞きにいくか。駄目なら後日ってことで」
自己研鑽に熱心な生徒は大歓迎な教師達だ。少し時間は遅いが、ちゃんと筋道立ててお願いすればおそらくは許可が降りるだろう。
男子を連れて早速教室から出て行こうとするが、そこではたと気がつく。
会議で教室に集まったクラス代表の生徒達。その全てがまだ退出しておらず、男子と会話している間もじっとこちらに視線を向けている事に。当たり前だが、別に小声ではなく普通の話し声で言葉を交わしていたので、内容は丸聞こえだった。
俺は一度男子と目を合わせ、そこから天井を仰ぎ見てから。
「……一緒に来るやつ、いるか?」
オズオズと俺が聞くと、全員が一斉に挙手した。




