第二百二十六話 嫌がらせ
俺は無属性であるが故に、呼吸をするだけで瞬時に魔力を回復することができる。
ただし、逆を言えば呼吸をしなければ魔力を回復できない。加えて、保有できる内素魔力が壊滅的に少ないために、魔力の消費が多い魔法を連続で使うとすぐに枯渇してしまい頻繁に魔力の回復を挟む必要がある。
厄介なのは、魔法の使用と魔力の回復は同時に行えないこと。一度、内素魔力を使い尽くすと、次に魔力回復の呼吸を挟むまでは魔法が使えなくなる。
決闘にはこれまで不参加だったようだが、俺の決闘については完全に興味を持っていなかったわけじゃないらしい。俺が魔力を回復するタイミングを狙って圧を掛けてきている。しかも、俺が強引に距離を詰めようと相方が横からちょっかいをかけて勢いを殺しにくる。二人で戦う利点をよく生かしている。
これらの欠点を補うために編み出したのが超化であり、そこから更に発展したのが進化と強化。ただし、この決闘においては制限によってそのどれもが使用できない。これもまた俺に勝つための策ともいえた。もしかしたら単純に俺の弱体化を図ろうと考えていたのかもしれないが、ここまでは少なくともエディらにとって優位に働いていた。
──だが、強いて褒められた点はこれまでであろう。
立ち位置は変われど、距離は再び決闘が始まった時同じ形。いわゆる『仕切り直し』だ。
俺は一度手甲を解除し、深く呼吸して息を整える。
初手と同じく、二人は初級魔法を放ってくる。
戦闘時における初級魔法は、格闘においては『ジャブ』に等しい。軽く小回りの効く技で牽制するためのものだ。
「ふんっ!」
俺は右の拳を固く握りしめると、ジルコが放った火球を殴り飛飛ばした。
灼熱が手の甲を炙り制服を焦がす──が、それまでだ。
「──っ、せいっ!」
続けて、エディの解き放った旋風が俺を薙ぎ払わんと迫るが、こちらは回し蹴りで振り抜く。やはりズボンの裾が千切れ、脚にも切り傷が無数に着くがそれで終わる。
高熱に触れたことで右手が真っ赤になるし、風の切れ味に左足からも血が流れるが、戦闘を続けるのに支障は無い。痛いは痛いが、気にせず構えるには十分我慢できた。
エディとジルコは舌打ちをして再度魔法を投影するが、こちらも再び拳と蹴りで叩き潰す。
それを何度か繰り返すと、二人はようやく違和感を覚えたようだ。投影の手が止まり、険しい眼差しでこちらを見据える。それまで俺は決闘場を走りまわっていたというのに、一転して足を止めて防御に徹している。もしかしたら何か策を弄しているのではと警戒している。
やはりというべきか、残念ながらこいつらはその程度だったということらしい。
「────?」
最初に気がついたのはジルコの方だった。度重なる投影で魔力を消費し若干息が切れている。それでもなお投影をしようとするが、不意に辺りを見渡した。
「ジルコ! ぼさっとしてんじゃ──」
エディが怒声を発するが、拍子に相棒の不審な様子の原因を彼も気付いたのだろう。自身らを取り巻く、観客席から漂う異様な空気に。決闘開始の時に感じた熱気とは打って変わった不気味な気配。
『……あの、先生。少しだけ──いやかなり変なことをお聞きますが、怒らないで真面目に答えてくださいますか』
『極力は努めましょう。おっしゃりたいことは分かっていますが』
『リース選手ですが、もしかしてちょっと前から魔法を使っていなかったり……します?』
『怒る必要はないようですね。……私の魔力探知が致命的に調子が悪くなければ──の話ではありますが、おそらく』
恐る恐ると、自信なさげな実況の問いかけに、教師は鷹揚に頷いた。
『嘘でしょ? 生身で魔法を殴ってるんですかっ、あの人っ!?』
仰天する実況であったが、それ以上に慄くのはやはり、相対しているエディとジルコだ。
両名に俺は口端を吊り上げ、手招きする身振りだけで答えた。
言外にこう伝えてやったのだ。
──手前らの魔法なんかに、魔法を使うまでもない、と。
最初から妙だった。
確かに、使っている投影の正確性や魔法の威力については及第点かそれ以上だ。ただ、手甲で受けた感触があまりにも軽かった。
同じ魔法を放ったところで、もしミュリエルが放った火球を素手で殴れがその部位は火傷では済まされない。もしカディナの旋風をただの蹴りで打ち払えば、その傷は骨まで達していたに違いない。手甲で防いだとて確かな感触を覚えていた。
これが学年始まりの頃であればまだわかる。ただ、すでに半ばを過ぎており、決闘に赴く生徒の大半は『魔法戦』の経験を積み、それが最善かどうかはさておいて、生徒各個人で独自で戦い方を編み出している。いかに俺とて、そんな彼らを相手に魔法を抜きにして戦えば敗色濃厚。先日のバルサ戦だって、強化を使わなければ負けていた可能性が大きいのだ。
エディとジルコの魔法は、外面をそれっぽく見繕っただけだ。おそらくこれまで授業以外では魔法の鍛錬などせず、テストの点数だけで満足していたのだ。積み重なった違和感が確信に変じたのはまさしく、彼らの上級魔法を見た時だった。
だから今やっている『これ』は、忌憚も遠慮も配慮もなく言ってしまえば嫌がらせだ。