第二百二十四話 余計な条件と変則マッチ
まさか二日連続で似た様な状況になるとは思いもしなかった。
昨日にギルドで起こった一悶着と違うのは、あちらは腕相撲での勝負だったが、今回は魔法を用いた決闘だ。しかも二人同時に相手するとくる。
ダメ元で申請したところなんと受理されてしまい、あれよあれよと話が進んで放課後にて決闘が執り行われることとなった。
「僕の事情に巻き込む形になって本当にごめん!」
「謝る必要なんかねぇっての。俺が勝手に首突っ込んだだけの話だ」
いつもの様に決闘場の入場口に赴けばラピスが待っており、俺の顔を見るなり頭を下げてきた。即座に俺は彼女の頭をペシンと軽く叩いて否定する。
「もし悪いって本気で思ってんなら、こっから先はあいつらに何を言われても毅然としてろ。下手に出るとああ言った手合いはとことんつけあがるからな」
「うん……あのやりとりを見て、よく分かったよ」
課外授業に及ぼす影響をこちらが考えあぐねている間に、元取り巻きの二人は気をよくしてどんどん話を進めていった。貴族様という身分さえ除けばやっていることは調子に乗ったチンピラとなんら変わりがない。
「それで……大丈夫なの?」
「何がだよ」
「だって……」
ラピスの言わんとするところは分かっている。
この決闘において、俺は一つの『余計な条件』が課せられている。当然、言い出しっぺは元取り巻きたちだ。これもまた『公平』の為だとか宣っていたが、それを本当に信じているのは当人だけであろう。
どこかしら不安を抱いているラピスの頭を、俺はもう一度ぺしんと叩いた。
頭を手で押さえながら、ラピスがムッとする。
「てっ……な、何するんだよぅ」
「逆に聞くが、あの程度の奴ら俺がハンデをもらった程度で負けると、お前は思ってんのか?」
「………………あ」
己が発端になったと思っているが故の罪悪感やら申し訳なさで一杯一杯になっていただけであり、落ち着いて考えればラピスも分かった様だ。
「うん……うん、よくよく考えてみればそうだ。アルフィや僕ら以外に、君を相手にできる生徒なんていない」
「お、なかなかに言うじゃねぇか」
暗い影は消え失せ、ラピスにはいつもの調子が戻っていた。アルフィだけではなく自分の名前も出すあたりが実にらしい。
「ごめん、ちょっと焦って混乱してたみたい」
「だから何度も謝るなっての」
「ごめん……って、これじゃぁ繰り返しだ」
クスクスと笑みをこぼしてしまうラピスに俺もつられて笑ってしまう。
二人で一頻りに笑ったところで、ラピスが握り拳を作って俺に向けた。
「この際だ。盛大にぶちかましてやってよ。ノーブルクラス主席であり学年最強の実力を、あの二人にさ」
「勿論だ。お前の不満分も諸々含めて、任せとけっての」
俺も拳を作り、ラトスの拳と軽くぶつけ合せた。
俺が決闘場の壇上に上るのと、対戦相手である取り巻き二人がやってくるのはおおよそ同タイミングであった。
『さぁ向き合いますは学年最強にして主席リース・選手の決闘。対するは一般クラスより名乗りをあげたエディ、ジルコの二名。そう、本日は普段の決闘とは一味も二味も違う、一対二の勝負となります。半ば突発的な催しとなりましたが、客席の埋まりはなかなかですねぇ』
いつもの様に実況の声が拡声魔法具によって決闘場に響き渡る。決闘が行われる報が届いて数時間も立っていないはずなのに、観客席には満杯とは行かずとも結構な数の観客が座っている。
「あの解説……貴族たる俺たちを差し置いて平民の名前を出すとは」
「しかも何故か僕らが勝負を挑んだ様に聞こえますね。勘違いも甚だしいことだ」
観客へと向けられた告知に対して不平不満を漏らす俺の対戦相手。最初に喋ったのがエディで、次に口を開いたのがジルコ。決闘の申請を教師に伝えた時のようやく名前を知った次第だ。哀れだったのは、それまでラピスにも名前を完全に忘れられていたという事実だ。これには二人も顔が引き攣っていた。ちょっと愉快であったが。
『急遽に取り決めとなった本戦ですが。先生、今更なのですがこれって大丈夫なのですか?』
彼女が指しているのがまさしく二対一の変則マッチについてだ。
基本的に学生同士の決闘は一対一で行われる。だが此度は公平を喫するため、主席の俺に対してあちらは二人で戦うことになる。公平とは果たしてなんぞやと哲学的な思考に陥りそうになるが、これを学校側が受理してしまったので仕方がない。
『普段の形式とは異なる形ではありますが、特に問題はありませんよ。これが五人六人と数が増えた場合、夢幻の結界の許容を超えてしまいますが、一人か二人程度増える分には大丈夫です。まぁ、いつもより多少は痛みが残るかもしれませんが』
この辺りのリスクについては、俺たちは既に決闘を申請した時点で教師から知らされている。
『夢幻の結界』内部で起きた怪我や損傷は、結界が解除された時点で無かったことになるが、痛みはしばらく残る。だがこの痛みとて本当に怪我した時ほどは残らず、よほどに深刻でなければ数時間も待たずに消え失せる。ただその作用にも限度があり、それが校内戦で無茶をやらかした俺とアルフィだ。
話を戻すが、ざっくりと言えば結界内で負った痛みが、平時よりも長引いたりするらしい。これは、通常の決闘においてかなり出力に余裕を持って夢幻の結界を展開しているらしい。だが効果が及ぼす人数が増えればそれだけ余剰が減り、一部の効果が減衰してしまうらしい。
ぶっちゃけた話、俺にとっては全くもって問題ない。
なにせ、大賢者からの直々のご指導により、体の骨で折れていない部位はないと断言できるくらいに全身をバッキバキにヘシ折られているのだ。当然、その後には折れる前よりも丈夫になるよう事後治療はバッチリであったが、とにかく魔法の鍛錬やら実戦稽古やらで骨折を含む怪我など日常茶飯事。痛みが数時間から一日程度伸びる程度なんて苦にもならない。




