二百二十三話 ツッコミどころが多すぎると放棄したくなることもある
前話にて、最後あたりの文章をを一部修正しました。
ご了承ください。
気を取り直して。
「さっきから平民だ貴族だのと言っちゃいるが、ジーニアスの中で階級権力そんなのが通用するはずがないってのは、もはや常識だろ。あまりに痛々しくて聞いてられないね」
「たかが酒屋の息子が随分と偉そうな口を聞く」
「おいおい、まさか学校内じゃ無理だからって、校外の親に頼むってか。子供の口喧嘩に親を呼び出すって、そりゃぁさすがにダサ過ぎだろ。すでにダサ過ぎるんだから、これ以上は恥の上塗りにならぁ」
あのバルサとて、何かにつけて平民だ貴族だと口にするが、権力を振り翳そうとする場面は無かったはずだ。行動を起こすのは己の手であり、我を通すために決闘も挑んでくる。自らの手で事を成そうとするあたり実に清々しい。この辺りもまたあいつを憎みきれない美点である。
「……僕自身の責はともかく、もしリースの関係者に言われなき咎が及ぶ様であれば、僕も黙ってはいないよ。そしてきっと、力になるのは僕だけじゃない」
ここにきてラピスも気勢を取り戻したのか、強い意志を宿して元取り巻きに告げる。己への誹謗は我慢できるが、他者への中傷は見過ごせないのがこいつらしい。
ラピスの目に宿る圧に気圧され、声を上擦らせながらも元取り巻きが反論を企てる。
「お、お前も他の家の威光を傘に着てるじゃないか」
「それは違うよ」
即座に否定を発したのはやはりラピスだ。
「リースは自分の手で僕らの信頼を文字通り勝ち取ったんだ。人に取り入る事ばかりに勤しんで、怠惰に耽っているいる君たちとは全然違う──あ、しまった」
「申し訳なさそうにしてても、思うところはあったわけだ」
内心では正論が渦巻いていたが、騙していたことへの負い目で口に出せなかっただけか。
元取り巻きは、自身たちの論を真正面から叩き潰されて歯噛みをする。俺たちの言い分に反論したくともできない。できる様な知恵があったらそもそも学校の中でもっと良い立ち回りができていたはずだ。
「俺たちの言葉に納得ができないなら、それこそ『決闘』でも挑んでくりゃぁいい。このジーニアスで『我』を通したきゃぁ実力を示してみろ。『俺の言い分が正しい』ってな」
あえて一歩を踏み出し、声色は変えずとも力を込めて元取り巻きに投げかけた。
これで素直に引き下がるなら良し。決闘を挑んでくるのもまた良し。少なくともこれ以降で下手にラピスに絡んでくることはなくなるはずだ。
頃合いだと、俺はラピスに目配せをしてからその場を去ろうとするが、意外や意外。元取り巻きの片割れが口を開いた。
「……良いでしょう。その挑発、ありがたく乗ってあげますよ」
その言葉に、もう片方がギョッとなった。相方にとっても予想外の発言だったらしい。しかし『挑発』ときたか。煽ったわけでもなくただ事実を述べたつもりだったのだが。
ところが、ここから続く話は俺にとっても予想の流れとなった──もちろん悪い意味で。
「ただし、これはそちらからの申し出。であれば、こちらから条件を加えさせてもらいます」
「……いや待て。その理屈はちょっとおかしい」
元取り巻きの言動に、俺の頭が疑問符に占有され始める。ラピスの方も「んん?」と混乱している見てわかる。そのくらいに何やら妙な展開になり始めていた。
「学年主席が僕らの様な一般クラスの生徒にわざわざ決闘を申し込んできたんです。であるのならばそちら側がいくつかの譲歩を負ってしかるべきでしょう」
どういう理屈だよ、と俺は助けを求めて遠くでこちらを見守っているアルフィに目を向ける。魔法を継続して会話を聞いていただろうアルフィであったが、やはりこちらも困り顔で首を傾げるだけだ。どうやら俺の頭が致命的に鈍っているわけではないらしい。
「栄えある主席様が、一般生徒を相手に弱い者イジメを興じる無粋な真似はしませんよね?」
ツッコミどころがあまりにも多過ぎてツッコミの声が出てこない。一番のツッコミどころは、いつの間にか俺が決闘を申し込んでいる体になっていることだ。
「であるならば……そうですね、こちらは『二人がかり』で、ということであればちょうど良いつり合いが取れそうですね」
「おお、そうくるか。まじかよ」
とんでもない屁理屈から、予想外の着地点を聞かされて俺はむしろ慄いていた。あまりの図々しさと厚顔無恥とも言える程の言い掛かりである。
一番に厄介なのが、表情から見るにこちらを丸め込んだとしてやったりの顔を浮かべてる発言者。もしかすると、屁理屈云々なんて考えず、本気で言っているのかもしれない。耳にしているこちらは頭が痛くなってきそうだ。
ラピスとアルフィの顔をそれぞれ見やると、今の俺と同じく頭痛を堪えて顔を顰めていた。逆に、発案者の片割れはしたり顔になっていた。俺が焦っているとでも誤解しているのか、何も考えていないのか、察するのも面倒になってきていた。
諸々かなぐり捨ててこいつらをこの場で殴り倒すか、あるいはさっさと逃げ出したい衝動に駆られてきたが、そうもいかない。
会話に気を取られていたが、いつの間にか周囲には生徒たちが集まりだしていた。思っていたよりも声が大きくなっていたのか、あるいは話をしている組み合わせが注意を引いていたのか。確実に不特定多数が俺たちの会話を聞いている状況だ。
ここで俺が何かを言い繕えば、ゴネている様にも見えかねない。別にそれ自体は構わないが、今は時期が悪い。課外授業が近いこともあって、主席である俺が下手を打つと今後の進行に悪影響を及ぼしかねない。
まさかそこまで計算済み──な訳がない。人に取り入って甘い蜜を吸おうと企もうとする小狡い連中がそこまで算段に入れて会話を進めていたはずがない。
だが形だけを見ればこいつらの思惑通りに話が進んでいるようだった。




