第二百二十二話 ぽっ
「──って、事があったわけよ」
「お前にしては随分と穏便な終わらせ方だな」
「だろぉ? 俺もちょっとは成長したってわけよ」
「そのドヤ顔、腹立つなぁ……」
翌日、学校で俺は昨日の出来事をアルフィに話していた。
「入学前のお前だったら、ギルドの裏に呼び出された降りして全員の骨一本くらいは折った後に、迷惑料と称して財布の中身をぶんどってただろ」
「さすがに全額は可哀想だから、七割くらいな?」
「「な?」じゃねぇよ。どっちがチンピラかわかったもんじゃない」
アルフィの言う通り、ジーニアスに入学する前であればもしかしたらそこまでやっていたかもしれない。やはり何だかんだで俺もちょっとは成長しているのかもしれない。
「それで、課外授業についてはどうなんだよ。ちゃんと話は進んでるのかよ」
「大丈夫……だとは思うけど、なにぶん初めてなことづくしだからな。真面目な話、ミュリエルやカディナがサポートしてくれてなかったら大変だった」
昨日は集計した質問や要望を纏めてライドに渡し、それに対する返答を貰うのが仕事。言葉にしてしまえば単純であったが、行ってみるとこれがまた難しい。逆にライドから問いかけをぶつけられた際には返答に窮し、カディナがフォローを入れてくれるという事が何度かあった。話し慣れていない相手との事務的な会話が、これほど難しいとは思っていなかった。
「珍しいな、お前が弱音を吐くなんて」
「アルフィは前の学校で経験あるかもだけど、俺はこの手の作業は初めてだからな」
魔法にかかわる知識は他の生徒に比べてちょっとしたもの。ついでに貴族様よりも世俗慣れしているとどこかで思っていたが、俺も知らずに鼻が長くなっていた様だ。軽く折れ曲がった気持ちである。
「確かに、人を統率するよりも、統率された和の中に乱入して引っ掻き回すタイプだったな、リースは」
「もしかしなくても褒めてない?」
「安心したよ、これが褒め言葉に聞こえてたら、今すぐ殴り飛ばして救護室に連れて行っていたところだ」
「それって耳の治療じゃねぇなぁ、きっと──ってちょい待ち」
と、アルフィと気の置けない馬鹿な会話をしていると、俺は反射的に親友を手で制すると付近の物陰に身を潜める。アルフィは眉間に僅かばかりの皺を寄せるだけで素直に従ってくれた。こういう時に下手に文句を言わない間柄で助かる。
「急になんなんだよ」
「いや、反射的つーか……あれ」
物陰から顔を覗かせると、アルフィが少し屈んで俺の真下から顔をだす。
俺たちが揃って向ける視線の先には、ラピスの姿があった。別にそれだけなら隠れる理由は一切ない。問題なのは彼女と対面している二人の生徒。
「……見覚えが有る様な、無い様な?」
「ラピスが男装してた頃の元取り巻きだよ」
集会の時に一度見ていたためか、アルフィよりはすぐに思い出せていた。
遠目から見ても穏やかとは言い難い、剣呑な雰囲気。元取り巻きの男子二人は険しい顔をしており、逆にラピスの方が申し訳なさそうに困り顔だ。
「アルフィ」
「分かってるよ。……カディナほど達者じゃ無いから、音質には文句言うなよ」
名を呼ぶだけで俺の意図を汲んだアルフィが風属性の魔法を投影。
『性別を騙してた事については本当に……申し訳ないと思ってる』
この距離では聞こえてこないラピスの声が俺たちの耳元にどどく。薄い壁越しの様な音であったが、十分に聞き取れるレベルであった。
『本当に困ってるんですよ。あれのせいで実家からは定期的に小言を含んだ手紙を渡されるは、クラスで肩身が狭くなるわで』
『いいですねぇ、ガノアルクみたいなご高名なお家は。あんな横紙破りが罷り通るんだか。僕らも少しはあやかりたいもんですが』
元取り巻きたちは不機嫌を隠しもせず、陰湿な苛立ちをラピスにぶつけている。だが、受けている当人は反論もせず、やはり申し訳なさそうにしているだけだ。
「なんでラピスは言い返さないんだ?」
「性別を誤魔化してたのは事実だからな。ラピスは真面目だし、負い目を感じてるのかもしれないな」
「真面目かっ」
「だから真面目だっつってんだろ」
俺たちが馬鹿なやりとりをしている間にも、元取り巻きはラピスを責め立てる。
「僕らを見捨てて、あなたは一人でノーブルクラス入りだなんて酷い話だ」
「まぁ結局、ガノアルク家の家督はあのテリアという男が受け継ぐらしいしな」
「第一──」
なおも責苦を重ねようとする取り巻きに、俺はいよいよ我慢が効かなくなった。最初からする気もなかったが。
「騙されただの実家から叱られたってのは、お前らが勝手に盛り上がってその後に勝手に消沈しただけだろ」
声を発しながら俺は物陰から現れると、ラピスと元取り巻きらの視線が俺を捉えて驚愕した。
「り、リースッ! どうしてここに!?」
両者の間に割って入る俺の背中を見てラピスが驚愕を発するも、まずは率直な意見をを吐き出すのが先だ。
「百歩二百歩譲ってラピスが男装してたのは悪かったもしれねぇが、お前らが落ちぶれてる理由にゃならんだろ。むしろ騙された事で負けん気を発揮するぐらいはしてくれねぇとな」
元取り巻きもびくりと肩を強張らせて目を見開いていた。が、動揺を強引に飲み込み虚勢を貼りつつ俺を睨みつけてくる。
「ぬ、盗み聞きとはさすが平民。卑しい真似を」
「あんな大声で話してりゃ誰にでも聞こえるっての」
本当はアルフィの魔法を使っているが、その辺りはあえて言うまい。
「平民風情が口出しするな! これは俺たちとガノアルクの嘘つきと──」
「平民だろうが貴族だろうが、同級生が好き放題に言われて黙ってられるほど、俺も薄情じゃ無いつもりだ」
「リース…………(ぽっ////)」
ラピスを横目でチラ見すると、瞳を潤ませて頬を赤らめていた。俺に庇われる形になんかときめいているようだ。罪悪感で縮こまっていた先ほどまでとは打って変わり、このシチュエーションで胸キュンできるあたり、もしかしたらラピスは図太いのかもしれない。




