第二百二十一話 皆が認める決着
ともあれ、いい加減こいつらを相手にするのが面倒になってきた。
ただ勝利するのでは意味がない。
万人が見て万人が確信するほどの、完膚なきまでの決着が必要だ。
その為に、俺は少しだけ『本気』を出す。
「────ッ!?」
俺は組んでいる手に力を込めれば、骨が軋みを上げるのを感じ巨漢の目尻が痛みに跳ね上がった。拍子に腕に籠っていた力が緩んだのを見計らい、四肢に力を入れる。
腕だけではない。地を踏み締め、両足から生ずる力が太腿から腰を通って背中、肩まで伝達していく。
「どっっっっっせいやぁぁぁ!!」
最後は喉から迸る気迫を上乗せして、膨れ上がった力を右腕で解放する。
────バガンッッッッ!
組んでいた腕を天板に叩きつければ、勢いに飲まれて巨漢が体ごと盛大に回転。それだけにとどまらず、ハンターが蹴ろうが殴ろうが乱雑に扱っても耐えうるほどの頑丈な円形机が、派手な音を立てて真っ二つに割れた。
中柄の男の時は違った派手な結実。だがこれはこれで予想を超えた終わり方に、狩人たちはまたもや呆然とする。そんな中でカディナが胸の下で腕を組みながらどこか誇らしげに。
「学年主席の肩書は飾りではないわ。紛れもなく、彼は学年で最強の魔法使い。他ならぬ『私』に勝ってのけた男ですよ? この程度のお遊びで負けるはずがないでしょうに」
いや、お前のことを知ってる人間も、この中にはいないんじゃないかと心の中でツッコミを入れる。ただ、嬉しそうに言うもんだから野暮を口にするのは辞めておいた。
「あがっ……がぁ……腕──肩が……うぐぅぅぅぅぅっっっ…………っっ」
壊れた円形机の破片に埋もれ、俺の手で片腕を釣られながら床に転がる巨漢が、肩の付け根を押さえ脂汗を流しながら呻く。腕を叩きつけた時の感触からして、肩の関節が外れたようだ。他にも腕周りの筋肉もかなり痛めているはずだ。
これでも手加減はしてある。
本気でやっていれば、おそらくは肉離れを起こした上で手の骨は砕けていたし、腕の骨だって無事では済まなかったはずだ。軽いお灸を据えてやるつもりであったまでで、そこまで酷い目に遭わせてやろうとまでは思っていなかった。
「まぁそれにしても鍛え方がなっちゃいねぇのは確かか」
巨漢の見てくれはご立派ではあるものの、ただデカいだけだ。瞬発力はあるかもしれないが、粘り気がイマイチである。これだったらアルフィでも普通に勝てるかもしれない。
やはり大事なのは、日々の鍛錬とともに早寝早起きに三食をキッチリ食べること。それと心の癒しの為に甘味も時折に堪能するのも忘れてはならない。今日も諸々が終わったらカディナも誘って美味しい店でも行くとしよう。
「ほれよっ」
腕を雑に解放すると、巨漢が痛みに悲鳴をあげるが、構う余地は無い。俺は懐に手を入れ──ると見せかけて収納箱から──硬貨の詰まった袋を取り出し、茫然自失となった痩身の元へと投げ渡す。
「壊したテーブルと、巨漢の治療だ。釣りは取っとけ」
そいつらの返事を待たずに、俺はライドに向き直った。
「んじゃぁ、時間が掛かっちまいましたが、真面目な話を『奥』でしましょうかね」
「んっ、んんっ……そうだな。うむ、そうしよう」
場の空気に飲まれかけていたライドだが、俺の声に咳払いをしてから頷く。
「やれやれ、ようやくですか」
「いや、申し訳ない」
「別にあなたのせいじゃないのは十分にわかっていますから。……最後は少しカッコよかったですし」
最後は少し照れ臭かったのかそっぽを向いての一言であったが、ちゃんと聞こえていた。彼女のその労いが聞こえただけ、この騒ぎも決して無駄ではなかったと思える。
組合の奥へと向かうライドに、俺とカディナも後に続く。
「ま、待ち──」
「今の勝負に文句があるなら、今度は一人ずつと言わずに三人まとめて相手にしてやるよ」
最後の悪足掻きにと中柄の男が声を発するが、最後まで待たずに声を上書きする。
「なんだったら純粋に喧嘩で相手してやってもいいぞ。もちろん、そっちは三人がかりでな。俺は一向に構わないぞ」
「は──ぐっ──このっ……──ッ」
わずかに振り返り、語気を強めて言ってやると、男は不明瞭な音を口から漏らしてから黙り込んでしまった。男の中では既に覆りようがない『格付け』が定まってしまったのだ。
口上では叶わず道理も存在せず、ついでに大衆の前で無様な負けを晒した。その上治療費まで出されたとくれば、どうのこうのと騒ごうがこいつらの面目は完全に潰れた。以降、どれほど勇ましく叫んだところでこいつらに味方する者はいないだろう。
今度こそ、俺は男たちに背を向け、ライドに続いて組合の奥へと向かった。




