第二百十八話 馬鹿に分かるように丁寧に説明しても、そもそも聞く耳を持たないのでまぁまぁ意味がない
しみじみと考え入っていると、こちらが言い返さないのを良いことに男らはさらに囃し立ててくる。
「お前みたいな小僧が主席だってんなら、、エリート学校ってのもたかが知れてるな。どうせ金か権力で買ったお飾りの地位なんだろうよ」
残念ながら俺は平民だし、金はまぁまぁあるが権力はないに等しいが、それらをこの男達が知る由もないか。
などと呑気に構えていたところで、隣のカディナが眉尻を吊り上げて前に踏み出した。
「今の言葉を撤回しなさい!!」
少女の鋭く凛とした声は、騒めいていた組合の空気を吹き飛ばす勢いであった。
「彼を──リース・ローヴィスを愚弄するということは、引いては彼を目指し追い求めるジーニアス魔法学校の生徒達を侮辱するのと同じです! 世間知らずが悪様に言って良いものではないわ!」
俺としては別に、この男達に対してどうこうは思っていなかった。故郷では防御魔法云々で馬鹿にされるなんて日常茶飯事であったし、慣れたものだ。もっと小さな頃であれば問答無用で拳が飛び出ていたが、ここ数年は割と聴き逃せるようになっていた。
だからだろうか。俺のためにカディナが怒ってくれたことが純粋に嬉しかった。正確には主席という立場についてだろうが、それでも嬉しいことに変わりはない。同時に、主席が単なる飾りの肩書ではないのだとも思い出す。
カディナの毅然とした態度に、男達がたじろぐ。彼女はお嬢様には違いないが、魔法使いの名門であるアルファイア家のご令嬢。校内戦においても他生徒が観戦する大舞台で僅かばかりの気後れもせずに大立ち回りする胆力の持ち主だ。若い女だと侮っていいはずがないのだ。
そんなことは梅雨とも知らない男達は、少女が醸し出す威圧感に及び腰になる。だが、己達が注目されていることにハッと我に帰った。俺を貶めようと人目を集めたら、己達が萎縮している様子を晒していたのだ。
「こっ、この女ッ──」
分かりやすいほどに逆上した男の一人が、カディナの胸ぐらをつかみ上げようと手を伸ばす──が、流石にそれは駄目だ。
「おたくらがいったんだろう。おいたは無しだぜ」
「なっ、テメェ!」
「女にビビったからって手を出してんじゃねぇよ」
男の伸ばした手の指先がカディナに届くよりも先に、その腕を俺が横から掴んで止めた。
「じ、ジーニアスの学生様が一般人に手を出すってのか!?」
ギョッとした男が苛立たしげに叫ぶも、情けなく声が裏返っている。半ば最初からではあるものの、虚勢の強気であるのが丸わかりだ。そもそも、最初に煽ってきたのはそちら側であるのに随分な言い草だ。
「手ェ出したのはお前。止めたのは俺。目撃者はこの場にいる全員だ。どっちの言い分が正しいか、聞いてみりゃいい」
反射的に男は振り払おうと踠くも、残念ながらビクともしない。仲間の中では一番の細身でありながら、狩人として活動しているからには多少なりとも鍛えてはいるようだ。
ただ、あまりにも程度が違いすぎる。ほんの僅かばりに、腕を掴む手に力を込めれば、それだけで痩身の男の顔色が劇的に変化する。当然、悪い方向にだ。
「ッ──ッ!?」
「女の子にあそこまで言わせておいて、黙っていられるほど俺も腐っちゃいなくてね。これ以上、下手に絡んでくるならいくらでも相手になってやるよ。筋を通した上でな」
「アガッ──離ッ──はッ、離し──やがっ──ァァァッッ!?」
俺は努めて声色を変えずに、ただ徐々に手に込める力を強める。ようやく危機感を抱いたようで必死に俺の手を振り払おうとするが、やはり微動だにもしない。
と、そろそろやばいかと思った頃合いで腕を解放すると、男はもがいていた勢いあまりにバランスを崩し派手な音を立てて尻餅を付く。
仲間二人は無様に転んだ男の様に怪訝な表情を浮かべるが、当の本人はまるでバケモノを見るかのような目で俺を見ていた。突っ掛かってきたのはあちら側だというのに、実に失礼だ。
「随分と盛り上がっているようだな」
と、ここでまたもやライドが登場。あれだけの大騒ぎをしていれ嫌でも奥に伝わるだろうし、あるいは職員の誰かしらが伝えたのか。食堂の時と同じく、人垣の間から姿を現した。
「再三告げていたはずだ。組合で問題を起こしたら覚悟しておけと」
腕組みをしながら男達を睨みつけるライド。こちらに背を向けていながらも伝わってくる凄みのある貫禄と迫力に、俺とカディナも思わず居住いを正してしまうほど。直接向けられている男達は堪ったものではないだろう。尻餅を付いている男も、他の仲間二人も気まずげに顔を逸らしている。
「べ、別に俺たちからは手ぇ出してないっすよ」
「言い訳は無用。お前らが騒ぎ立てて周囲を煽ろうとしていた事実も把握している。リースくんへの中傷や、カディナくんの正論に言い返せなかった点についてもな」
ボソボソと喋るのは中肉中背の男に、ライドは怒気を醸し出しながらも冷静に述べる。組合の重鎮を務めるだけあって、感情と言葉を切り分ける術を心得ているようだ。
「……あくまでも、組合はそのガキ共の肩を持つってのか」
三人の中で一番ガタイの良い男が、苛立ちを吐き出す。こいつらの中では、俺は『ジーニアスの生徒』という肩書を笠に来て組合で優遇されているという認識なのだ。
「これは信用の積み重ねの話だ。この支部に来てから早々に幾度となく揉め事を起こしてきているお前らと、終始礼儀正しく丁寧に接してきた相手ではどちらの言い分を優先するのか。答えは聞くまでもないだろう」
ライドがもっともな理を説いたところで、男達はまるで納得しない。納得する気がそもそもないのだ。非常に悪い言い方にはなるが──馬鹿に分かるような懇切丁寧な質問だって、そもそも馬鹿が聞く耳を持たなければまるで意味を持たないのである。