第二百十七話 立場が人を作るらしい
組合へ向かうと、相変わらずの盛況ぶりであった。
装備を固めた男たちや、一握りの女の狩人たちが集まっており、依頼の張り出された掲示板と睨めっこしてあったり、備え付けられたテーブルで話をしていたり。受付と報酬についてのせめぎ合いをしていたりと喧しいほどの賑わいだ。
ちょうど組合を出て行く一団とすれ違い、カディナが自然と目で追っていた。
大人と呼ぶにはまだ若々しく、どこか垢抜けない印象だ。簡素な装備を身につけているが、どちらかというと『装備を着せられている』といった具合だ。おそらくは狩人になってまだ日も浅い者達だろう。
「私たちと変わらない歳の狩人もいるんですね」
「そりゃぁいるって。家業を継がなかったり、他の職が肌に合わなかった奴らとかな。俺たちの歳で学校に行けるのは、貴族のご子息かよほどに頭が良いかのどちらかだよ」
この国の住人は、十五歳を超えると一般庶民的には『自立』を促される頃合いだ。それ以降は大半の者が何かしらの職に見習いとして働き始めている。中にはそれまでの間、どこかで下働きをしながら学校に通っている者だっている。
そこからさらに上の学校に通えるのは、貴族に見込まれて援助を受けた優秀な平民か貴族の子息令嬢だ。
「アルフィだって、ジーニアスにスカウトされてなきゃ、地元の貴族の援助でどこかの学校に入ってただろうしな」
「あなたはどうなんですか? 彼が切っ掛けでジーニアスに入学したのでしょう?」
「俺は……実家の手伝いを適当にしながら、師匠の元で変わらず修行してたろうよ」
極端な話、普通に暮らして行くのであれば、ジーニアスに入学する以前の時点で十分以上の蓄えがあったのだ。実家の手伝いというのも惰性で続けるようなものだったに違いない。
もっともあの頃は、魔法使いとしての修練を積む事以外には頭になかった。それは今もあまり変わりはないが、先日にされたゼスト先生の話もあって色々と考えるようになっていた。
「ああでも、ジーニアスに入学できて良かったとは本当に思ってるよ。王都や学校の料理は美味いしな」
そして、本気の魔法でぶつかり合える友達もできた。小っ恥ずかしいので口にはできないが。
「っと、話は後にするか」
「ですね。まずは仕事をしっかりこなしてからにしましょう」
いかに広いとはいえ、意味なく組合の一角でダラダラと話を伸ばしていては他に迷惑だ。王都の組合は他に比べて治安がいいとはいえ、先日の件もある。話すなら、仕事を終わらせてスッキリした後、菓子でもつまみながらでも──。
「ジーニアスの学生様がこんなむさ苦しいところで女連れとは、本当にいい後身分だな!」
まるで周囲に聴かせるような──事実、聴かせる意味もあったのだろう──大声がフロアに響く。ジーニアスの名が出た以上、他人事ではあり得ず俺は声の方を見る。カディナも一緒に同じ方を見ると、見覚えのある顔が揃ってテーブルの一つに陣取っていた。その内の一人はニヤケ面でこちらに近づいてきている。
「うわっ、でたぁ」
「……もしかして、最初に組合に来た時に絡まれたという」
「それそれ」
ゼスト先生、ミュリエルと組合の隣にある食堂で話している時に、ちょっかいをかけてきた狩人達だ。そりゃぁこの組合で活動しているなら出入りがあって当たり前だが、だからといってこうも鉢合わせする事もないだろうに。
「ここはお前らみたいなお坊ちゃんお嬢ちゃんの相引きの場じゃねんだ。さっさと帰りな。って、しかもよく見りゃぁ連れてんのは、この前連れてたのとは別の嬢ちゃんじゃねぇか。本当にいい後身分だなぁおい!」
頼んでもいないのにありがたいご指摘をくれる始末。「こっちは仕事で来てるんだ」と、律儀に答えるのも面倒だ。しかも今はカディナが一緒である。俺はこの手の柄悪い連中は慣れているが、お嬢様である彼女とは相性最悪だ。
見やれば案の定、険しい表情で男を睨みつけている。ここで男が少しでも挑発を加えたら、フロア中が暴風に巻き起こる可能性もあるな。そこまで手が早いとは信じたくない。
「……ん? 相引き? ──────ハッ!?」
が、文句を紡ぐ前に何かに気がついたような素振りを見せて、呆けること数えて幾秒。素っ頓狂な音を喉から発すると同時に顔が急に赤らみ、ついには頬に両手を添えながらそっぽを向いてしまった。
(そうですどうしてこれまでずっと気がつかなかったんですか! よくよく考えなくとも公務ではありますがこれはリースと二人っきりのお出かけでありつまりはデートと呼んでも過言ではない! 私としたことが失念していました! こんなことであればもうちょっとお化粧をしてくれば──)
猛烈な勢いでカディナがブツブツと呟き始めたが、律儀に風の魔法を使って音を遮断しているので全く聞こえてこない。ただ、猛烈に何かの集中しているのだけは唇の動きと目のキマリ方で見てとれた。割と魔法的に高等なことをしているはずなのに、どことなく残念感が拭えないのはどうしてだろうか。
カディナの方は放置しておくとして。
「なに無視くれてんだ、あぁんっ? 人生の先達がありがたい忠告をしてやってんだぞ?」
黙っていると、こちらが萎縮したと勘違いしたのか、男は雑に凄みを発揮しようとしてくる。黄泉の森で対峙する魔獣の方が百倍怖いしがあるし、学校で決闘する時に向かい合う他の生徒の方がよっぽど迫力がある。つまりは全く何も感じないのである。
「なぁ、何か言ってくれよジーニアスの生徒さんよぉ! やっぱり下々の人間の話は聞くに耐えないってか!?」
大仰な手振りを交えながら声を張り上げる男に、ようやく意図が掴めてきた。
これは俺たちに言い聞かせているというよりも、場に居合わせている他の狩人に伝えているのだ。場違いなお坊ちゃまと嬢ちゃんがこの場にいると。この場にそぐわない余所者がいると嫌悪宣言をしているわけだ
「この前、幹部に注意されてんのに、どうしてあえて絡んでくるんだよ」
「はん? 俺はただ思いの丈を口にしてるだけで、手を出したわけじゃないし。まぁ、正当防衛まで禁じられたわけじゃないけどな」
昔の俺であれば、この時点で腹部に一撃を叩き込んで胃の内容物を口からぶち撒けさせているところだが、今の俺は曲がりなりにもジーニアスに通う学年主席。学校の代表者として来ているわけでその狼藉は流石に躊躇われる。
「立場が人を作り上げる」なんて、どこか昔の偉い人が言っていたらしいが、まさか実体験するとは思わなかった。




