第二百十六話 需要と供給とついでに好機と退場と
狩人を招いてからの特別授業が始まって三日が過ぎた。
とりあえず、これといった問題が発生したとは聞いておらずに一安心といったところ。
今日は週明けの朝会で告げた通りに各クラスからの疑問等が集まったので、それら狩人組合に持ち込むこととなっていた。
元々、三〜四日内で足を運ぶ事は決まっていたのだ。組合側としては、毎年似たような質問を受けているのだろうが微妙な差異は毎回出てくるので、年度ごとの傾向を知る上で必要であった。
「悪いな、今日は付き合わせて」
「構いません。こちらから申し出た事ですし、王都の組合がどのような場所なのか、少し気になっていたので」
道ゆく中で俺の言葉に返したのは隣を歩くカディナ。ミュリエルには別件を頼んであり、その代わりとして人を探していたところでカディナが手を上げてくれたのだ。
「やっぱりお嬢様だと、組合なんて行く機会はあまりないか」
「以前の他の街で組合を訪れた事はありましたが、王都のものは外観から眺めた程度でしたから。これも教養を学ぶ一環です」
「ああ、そういやあったなちょっと前に」
そういえば、カディナと二人で放課後に出歩く事は滅多にないか、あるいは初めてかもしれない。買い物に出かけたり菓子を食べに行く事はあれど、大体はアルフィたちが一緒だったからな。仕事(?)の一環とはいえ、どことなく新鮮に感じられた。
「……? どうしましたかリース」
「いんや、なんでもない」
表情に出ていたのか、カディナの問いかけをサラッと誤魔化した。
以前まではこちらを見るたびに険しく眉間に皺が寄っていたものだが、今ではそれもかなり和らいだ。校内戦で本気でぶつかり合って以降は、カディナの態度も気さくになりこちらとしては付き合いやすくなってありがたい。なんだかんだで名前で呼んでくれるようになったしな。日常的な会話もだいぶん増えた。
とはいえ、それを指摘して機嫌を損なわれたら残念だ。あえてその辺については語らず、俺は話題を変えることにした。
「予め分かってたけど、あの学校の生徒たち、ちょっと真面目過ぎやしないか」
まだ数日しか経過していないとはいえ、、平民の講師に対して集まった意見書に、不満が一つも見当たらないってどうなんだ。どこかのクラスが何かしらの不平を上げてくると思っていたのに拍子抜けである。
「でも、例年通りなんでしょう?」
「例年通りだけども」
教師陣からは予め「不満の類が出る事はそうそうない」と知らされてはいたものの、実際にそうなるかは半信半疑でもあったのだ。まさか本当に出てこないとは。
「個人単位での不満はもちろんあるでしょうけど、各クラスに数人いる程度。そんなものを取り上げる余地がるなら、もっと建設的な意見を持ち上げるでしょうに」
代表者に選択の権限を与えたのは、多数決の他に誰もが見落としていたような観点が出てくる可能性を考慮してのことだ。毎年ではないにしろ、意外な意見が出てきて盛り上がることもあるとかないとか。
寄せられた意見は、貴族出身の狩人がどれぐらいいたり、世代あたりの引退率や稼ぎについてが最も多かった。中には結婚率や、それ以降に子供が何人できたかなんて踏み込んだモノまであった。
「想像してたよりも狩人を肯定的に受け入れてるのは意外だったよ、本当に」
「貴族の次男、三男以降が家を出て狩人になるという話もあるにはありますから、興味はあって然るべきかと」
狩人の中にも魔法を扱えるものはいる。戦闘に限らず、日常的に通ずる汎用的な魔法があれば、携帯できる荷物を減らせるからだ。ただそんな中にあって、やはり魔法に特化した人材というのは数が少ない。
魔獣を倒せるほどの魔法となると、中級以上は必須であるだろうし独学でそこまでいたれる人間というのが限られてくる。正式な教育を受けた魔法使いであれば、狩人としては引くて数多だ。学校の授業の中で話題の一部としてちょくちょく出てくる。
「まぁジーニアスだからってのもあるか。他の学校だと、狩人なんて食いっぱぐれた乱暴ものがなる職業って認識だろうし、ぶっちゃけそいつは正しいからな」
狩人組合には、所属していなければ犯罪者一歩手前という相当に危なっかしい者がいるのも確かだ。先日に俺やミュリエルたちに絡んできた狩人たちもその例の一つだ。
ただそれでも狩人組合は今の社会を支えている重要な組織でもある。
魔獣から得られる亡骸は魔術具の素材になるし、霊薬や医薬品の材料にもなる。学校の授業で使われる機材にだって、魔獣の亡骸が多々使われているのだ。
こうした知識について授業で触れているのも、狩人への極端な偏見が薄い理由だ。
「もしくは、一部のお偉方に取っちゃぁ、犯罪に手を出して治安が悪化するよりかは、狩人になって早々に退場してほしいかのどちらかなんだろうさ」
「曲がりなりにもお偉方の末席に連なる私の前で堂々と語りますか?」
「おっと、こいつは失礼」
「……残念ながら、狩人組合がそうした受け皿になっているのも否定できませんけどね」
需要と供給が成立しているとはいえ、魔獣を相手にするだけに命の危険が常時に隣り合わせな仕事であるのは変わりない。狩人になったばかりの新人の中には毎年必ず死者が発生しているし、熟練であってもわずかな油断で命を落とすというのは、酒の肴で語られる程に極ありふれている。
為政者側としては『良からず』たちが一般人に狼藉を働く前に、勝手に魔獣に喰われる分にはなんら問題ないのだ。法律等で面倒くさい手続きを踏むよりかはよほどに割く労力が低くなる。そしてそれは他ならぬ狩人側の人間だって承知の上だ。
それでも好き好んで狩人になる者が出てくるのはやはり、身分を問わずに成り上がれる好機があるからだ。
「名を上げた狩人が貴族のお抱えになるってぇのも浪漫あるんだろうしな」
「アルファイア家も、囲い込むほどではないにしろ懇意にしている狩人はいますよ。そうした一部の上澄みに限った話ですが、持ち得る資産は下手な貴族よりも上とは聞きます」
もっとも、大部分の狩人はその日の食い扶持を稼ぐのが精一杯だし、仮に大きな収入があったとしても派手に飲み食いするか装備の保守点検や新調で一瞬で使い切るのが相場である。
カディナの言うような上澄みというのは、他の狩人たちよりもしっかり先を見据えて活動している勤勉者か、よほどの幸運に恵まれた者のどちらかであり、その両方である。
「……王都に建ってる一等地のお屋敷を丸ごと買えるくらいに溜め込んでるやつも、ごく稀にいるかな」
「夢のあるお話ですね。命懸けで志す者がいるのも頷けます」
「だな」
今話に出てきた例えと同等の価値を持つ収納箱の中には、二等地くらいならギリギリどうにかなってしまいそうなくらいの資産を溜め込んでいるのはここだけの秘密である。