第二百十五話 面倒くさくて理不尽な人たちってどこの界隈にも存在する
集会のあった日の昼休みどき。かつての取り巻き生徒についてラピスに問いかけてみると、彼女はなんともいえない複雑な表情を浮かべていた。
「……わざわざ聞いてもらって申し訳ないけど、あの一件以降は彼等とほとんど話してないかな。具体的なキッカケがあったわけじゃないけど、いつの間にか」
「ああ、やっぱりそうか。……まぁ、そうだわな」
取り巻きになろうという奴が鼻息荒くして話しかけてくるわけないか。
「というか、彼等のことは今の今まですっかり忘れてたよ。あの頃の事を忘れたかったというべきか、思い出したくなかったというべきか──はははは」
ラピスの目がどことなく虚になり力なく乾いた笑いが溢れる。思っていた通りというべきか、彼女にとって入学当初の記憶は割と鬼門だったらしい。やさぐれていた期間の自身の振る舞いがとても痛いようだ。
「──で、僕のよろしくない思い出をなんでわざわざ掘り返したのかな?」
「リースが、朝の集会でそれっぽいのを見つけたって」
「そうなんだ……え、それだけ?」
俺とミュリエルは揃って頷くと、ラピスは眉間を押さえて唸ってしまう。さすがにそれだけだとアレなので、集会の最中に睨まれていた旨は合わせて伝えた。
強いていえば、課外授業に向けて不安要素は排除しておきたいといったところか。あれがその『不安』に該当するかは分からないが、「気掛かりがあれば追求するのが魔法使いだ」との師匠からの教えもある。
「そもそも、あいつらとどんな感じで知り合ったんだ?」
「……別に、これと言って特別なもんじゃなかったよ。なんとなく話していく内に学校にいる間は一緒に行動するようになったってだけだよ……」
視線を逸らしつつも一応は教えてくれるラピス。口ぶりには気まずさと躊躇いが含まれているのは素人でも良く分かる。
親父さんと揉めた上に、入学試験で色々あってノーブルクラス入りを逃した直後だ。自暴自棄になってらしくない偉ぶった貴族ムーブで過ごしていたのだろう。
「で、わかりやすいおべっかに気を良くした感じ?」
「ああそうですよ! チョロくて悪かったね!!」
ミュリエルにズバリと指摘され、ラピスが顔を赤らめながら憤った。
ラピスの出身であるガノアルク家は、カディナのアルファイア家に武功では劣るものの、水属性魔法使いの家系としては相当な名門。特に、腰を据えてでの拠点防衛ともなれば、家系の保有する特性も相まり、その分野においてはアルファイア家を凌ぐと言われている。
「……でも、リースに『決闘』で負けてから、どうにも会話がしにくくなっちゃってね。あれから何度か放課後の鍛錬に誘ったんだけど、断られちゃって。そうしている内に、日常的にも疎遠になった形かな」
「結果的には良かったんじゃねぇか? あんまり言いたかねぇが、あの感じだと真面目とは言い難い奴らだったんだろうし」
「そう……かな。少し薄情な気もするけど」
一時期は仲良く──かは不明だが、友達に近しい相手だったのだ。悪様に考えるのは躊躇われるが、頭のどこかで俺の言葉に頷いている部分もあるようだ。
「私は話に聞いてたラピスより今のラピスの方が好きだよ」
「うん。ありがとうね、ミュリエル」
意図してかは分からないが、慰めのような言葉を受けて、ラピスははにかみながらミュリエルの頭を撫でる。つられて俺も頭を撫でてやると、ミュリエルは疑問符を浮かべながらもなすがまま撫でられていた。悪い気はしていないようだ。
酷な話だが、ジーニアスは魔法を学ぶ為の場所だ。ゼスト先生の言っていた通りに、魔法使いとして成長するために切磋琢磨する生徒には手を差し伸べるが、そうでない生徒に足並みを揃えはしない。怠惰に浸るものがいれば、それを切り捨てて前を向くべきだ。
俺との決闘をキッカケに、元々の勤勉さを取り戻したラピスと、誰かの腰巾着になって美味い汁を吸おうという魂胆の輩が一緒に歩くことなど、当たり前に無理なのだ。
ラピスだって手を差し伸べたのだ。それを払い除けたのは彼等自身の意思に他ならない。であればそれ以上の干渉は彼女の足を引っ張る事に他ならない。
事実、取り巻き達との縁が切れた事で、ラピスはノーブルクラスに入ることができたとも言える。逆に、可能性の話ではあるものの、あのまま取り巻きとなぁなぁで付き合っていれば、今でも一般クラスの片隅で身分だけに縋って燻り続けていたかもしれない。
「ねぇリース。もしかするとあの取り巻き連中に恨まれてるかもね」
「なんでそうなるよ?」
不意に飛び出した、見当違いも甚だしいミュリエルの発言に、俺は素で疑問を返した。いや本当に意味がわからないのだ。恨まれる謂れなどあるはずがない。俺からあいつらにしたことなど、食堂の列で割り込みされたところをそれとなくぶっ飛ばしただけだ。怪我もさせていないぞ。
「だって、リースが干渉したりしなければ、ラピスは男の姿のまま腐ったままだったかもしれなくて。その方があの取り巻きにとっては良かったんじゃない?」
「「ああぁぁ…………」」
ミュリエルの意見に、俺とラピスはどことなく納得の音を発していた。無きにしも非ずどころか、大いにありえた。 ということは、集会の時に決闘場の観客席で見せていたあの顔は、その恨みというわけか。
「──って、いやそれって逆恨みじゃん」
今でこそラピスはノーブルクラスで学べているが、あのまま腐ってたら親父さんと仲が拗れたまま学校を無理やり辞めさせられて嫁入りさせられていたかもしれないのだ。俺が関わらずともあの取り巻きの思惑は破綻していた。
「あの手の連中に、そうした正論が通じるとでも?」
「「ああぁぁ……」」
またしても俺とラピスは納得してしまった。
正道とは言い難い考えででジーニアス魔法学校にいるのだ。正面から道理を解いたところでまともに聞いてもらえるかは微妙な所だ。
「えっと……僕の方からそれとなく言っておこうか?」
「やめとけやめとけ。余計に話が拗れる。もしかしなくても、恨みの対象にお前が追加されかねないぞ」
第一、ミュリエルの推測が的外れかもしれない。少なくとも今の段階であえて藪を突く必要もないだろう。それで蛇やら魔獣やらが飛び出したら面倒極まりない。
「……話をしていて、ちょっと気がついたんだけどさ。集会でリースを睨んでいたのって、僕の元取り巻き?の他にも、僕以外の誰かしらに取り入ろうとした生徒達の集団だったりしないかな」
「なるほど。ラピスの件だけじゃないわけね」
ラピスの推測にうんうんと頷くミュリエルだったが、俺がそこに待ったをかける。
「いやいやいや。百歩譲ってラピスの取り巻きに恨まれるのは──納得はしたくねぇが理解はギリギリどうにか追いつく。けど、その他に関しちゃマジで知らんぞ」
「リース。ジーニアスの生徒のほとんどは、真面目で道理を弁えてる人が多いけどね。貴族の子息って、平民よりも誇りが高い分、平民以上に面倒くさくて理不尽な人も多いんだよ」
「うぇぇ……」
諦観を含みながらラピスに肩を叩かれて、俺は戸惑いを隠し切れなかった。




