第二十話 決闘の開始──夢幻の結界だそうです
俺の心のツッコミはもちろん届くことなく、実況の言葉はさらに続く。
『さて、今年初の決闘と言うこともあり、新入生のために決闘が行われる上でのルール説明を行いたいと思います。では、『結界』の発動、お願いします!』
実況の合図に伴い、闘いの舞台である円形の壇上の周囲から光が発せられた。
数秒もしない内に、壇上は透過率の高い半円の『結界』に覆われる。
『生徒同士の決闘は壇上とそれを覆う結界の内部で行われます。勝敗の決着方法は三つ。選手の片方が負けを宣言するか、あるいは戦闘不能に陥るか。そして結界の外部に選手が出るかのどれかです。教師が強制的に試合を止める場合もありますが、これは例外的な措置なのでいいでしょう』
ここまでは予めゼストから聞かされている。問題はここから先だ。学校長も決闘の時に説明されると言っていたが──。
『そして、決闘の目玉はなんと言ってもこの壇上その物と言っても過言ではないでしょう。実はこの壇上、これ自体が巨大な魔術具なのです。今張られた結界もその一環であります』
俺は思わず視線を足下に落とした。これが……魔術具?
『より正確に言えば、壇上の下に埋め込まれた核が本体となっております。名を『夢幻の結界』。その効果は『定められた範囲内で発生した物理的な事象は全て夢幻と化す』というものです。これがいったいどういう意味か、新入生のみなさまはお分かりになりますか?』
夢幻と化す──婆さんに聞いたことがあるな。俺の記憶にある情報と、それが決闘という場で使われる意味を考えると。
『……あの壇上の結界内で行われた事に限り、全てが『行われなかったこと』になるという意味ですか?』
『アルフィさん、正解です!』
行われなかったことになる──全てが夢幻となるということ。
なるほど、これは確かに決闘にお誂え向きだ。
『細かい理論は私も知らないんですが、わかりやすく説明すると壇上を覆う結界の内部であれば、お腹に穴が空こうが腕が千切れようが、最悪は原型を止めずにぐちゃぐちゃの、誰がどう見たって「死んでるだろこれ」ってな状態になっても、結界を解除するか結界の外に出てしまえば全て元通りになるというわけです』
説明が酷すぎるが、要点は掴んでいる……のか?
『つまり、本気だしたら相手を死なせてしまうようなヤバげな魔法であっても、結界内で使用するぶんには無問題な訳です!』
無駄に巻き舌だ。
『ちなみに、核さえ無事なら壇上そのものも修復されるのでそちらもご安心ください。じゃんじゃん破壊してもらって結構です』
端的に言えば、後々の事を考えずに全力を出せるという事か。怪我を気にせずに戦えるのは非常にありがたい。
そうこう話が続いている内に、学校長が姿を現す。壇上にあがり、結界の内部に足を踏み入れた。
『ここで学校長の登場! やはり、今年初の決闘と言うことで、景気付けにこの学校のトップが監督をしてくれるようです。いやぁ、国内でも三指に入る魔法使いの間近で戦えるなんて、羨ましいやら緊張するやら』
そう言うもんか? どちらかと言えば、この衆人観衆の前で戦うことの方が緊張しそうなもんだが。
「……随分と余裕があるな。まさか、僕を舐めているのか?」
青髪の声がこちらに投げられる。
「別にそんなつもりはねぇよ。こう見えても結構モチベーションは上がってるさ」
「ふんっ、どうだか」
俺の答えがお気に召さなかったらしい。青髪は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「この決闘には学校長が監督として立ち会ってくれている。入学試験のように、不正で点を稼げるとは思うなよ! 僕が貴様の化けの皮をはがしてやる!」
ごめん、実技試験の時、学校長もいたわ。
『どうやら選手の間でもボルテージが上がってきたようですね! ではいよいよ決闘の開始と行きましょうか! 学校長、お願いしまぁぁぁす!!』
俺と青髪とは少し離れた位置に立つと、学校長はゆっくりと右腕を振り上げた。
「両者ともに正々堂々と戦うことを私は望みます」
「「……………………」」
無言でありながら、俺たちは揃って頷いた。
そして、数秒の沈黙が流れた後に──。
「では──始めて下さい!!」
魔法使いによる闘いの舞台が、幕を開けたのであった。
決闘の先手を取ったのは、ラトスの水魔法であった。
「『水連射』!!」
投影された魔法陣から圧縮された水の弾丸が連続で射出される。
「防壁」
それに対して、リースは冷静に己の魔法陣を投影した。食堂での一件と同じように、水の弾丸は半透明の防壁に衝突すると内包した水分を辺りにまき散らしながら弾け飛ぶ。
『おお、話には聞いていましたが本当にリース選手は防御魔法を使うようですね』
『というか、やつは防御魔法の系統しか使えませんが』
『……それって本当なんですか? だって、主席合格者でしょ、彼』
さすがに新入生の主席合格者が、魔法の初心者しか使わないような『防御魔法』オンリーだとは実況の彼女も信じにくいのだろう。疑問の色が強い声をアルフィにぶつけた。それに対して彼は──。
『見ていれば分かりますよ』
と、素っ気なく答えるだけだった。
己の水連射が通じないと見ると、ラトスは歯噛みをした。既にあの防壁に水連射が通じないのは承知していたが、改めて見せつけられると苛立ちが募る。
しかし、一方で想定内でもあった。
「だったらこれでどうだ! 『水榴弾』!」
水連射でリースの足を釘付けにしていた傍らで投影していた魔法を発動する。水弾に爆発力を与えた魔力で、威力は単純に上位互換だった。
それに対して、リースはやはり変わらぬ様子で魔法を投影する。
「防壁」
水弾よりも一回り以上に大きな弾丸が展開された防壁に衝突し、水しぶきを伴う派手な爆発が起こった。だが、半透明の壁の先にいるリースは全くの無傷であった。
これには観客席にも動揺が広がった。
『……私の記憶が正しければ、かつて水榴弾を防壁で防いだという事実は存在しないはずなんですが?』
防御魔法全般の共通した欠点は、魔力消費効率の悪さ。一の威力を持った魔力消費量が一の魔法を防ぐのに、三〜四の魔力が必要になってくるのだ。そんなコスパの悪い防御魔法に魔力を費やすぐらいなら、攻撃魔法に全力を注いだ方が効率的なのだ。
「──っ、これも防ぐのか。でも、僕がなにも考えずに魔法を使っていたと思ったら大間違いだ!!」
その事実を知ってか知らずか、ラトスはすぐに次の手を発動させた。彼の足下に大きな魔法陣が浮かび上がる。それに呼応するのは、壇上の至る所に出来上がった『水溜まり』。そしてそれはリースの周囲に特に多く存在していた。
『おおっと、ここで開始早々にラトス選手の大技か!?』
『リースに防がれることを前提に魔法を使い、やつの周囲に多くの水たまりを作るのが目的だったようだ』
ラトスは決闘が開始されてから練り続けていた魔力を解放し、魔法陣へと一気に注ぎ込んだ。
「速攻でケリを付けてやる! 行くぞ!」
活動報告を更新したので、そちらもご覧ください。
割とマジなので、内容を読んだ上で御一考していただければ幸いです。
活動報告のコメント欄にナカノムラのコメントも載っています。こちらも割と真面目に書いたので読んでくれると助かります。
ナカノムラの別作品
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