第二百十四話 集会をするらしい
組合に赴いてから少しして──。
『──というわけで、事前に伝わっていただろうが、今日から狩人組合からの人員を学校に招いて、課外授業に向けての講義が行われる。相手は貴族様じゃぁないが、魔獣の対処については大先輩だ。偏見を持たずに真摯に学んでほしい』
朝の授業開始前、闘技場を利用した学年集会が行われている。もちろん、課外授業に向けてのあれこれを通達するためである。
同じ壇上には補佐役のミュリエルと、組合から派遣された狩人達が並んでいる。
全員、狩人組合が実力、素行ともに調査し厳選した面々を、さらに学校側が査定し選別している。この場で顔を見せている狩人は、その両方を通過している者達だ。半数はすでに過去にジーニアスに講師役として呼ばれた狩人であり、もう半分は今年が初めて。
前者については落ち着いた風ではあるものの、後者に至ってはかなり緊張している。相手をするのはほぼ全員が貴族ともあれば当然か。昨日に俺たちも組合に赴いて顔を合わせたが、平民と明かした時はかなり驚かれた。そりゃぁ、ジーニアス魔法学校の学年主席ともなれば、学生の中で最も格式の高い生徒と思うのは当然のことだ。もっともそのおかげで以降の話はスムーズに進んだ。
『授業中に疑問に思った点は、ここにいる講師の狩人に質問してくれ。ただ、相手は貴族ではないとはいえ臨時講師には違いない。くれぐれも失礼のないように。その辺り、目に余るようだったら連帯責任で個人ではなくクラスに何らかの罰が生じる可能性もあるから気をつけるように』
いつもは決闘が行われる時の実況解説で使われる覚醒魔術具を、今は俺が集った学生達に声を届けるために使っている。こうして大勢の生徒の前で喋るというのは入学式以来だ。あの時は高揚もあって楽しかったが、今回は真面目な話だけあって、新規の狩人ほどではないにしろ、俺もほんのり緊張しているのはここだけの話だ。
『それと、必要があればクラスで代表者を選出し、学校側への疑問についての集計を行ってくれ。クラス単位で集計した最も多いものと、代表者が気になった一点を教師に提出してくれ。全てにとは言い難いが、できる限りは対応させてもらう』
俺が平民でかつ防御魔法の使い手であるにも関わらず、主席だからというのもあるだろうが誰もがちゃんと聞いてくれているのが壇上からでも分かった。入学して来てからの努力がこういった形でも見えてくるのは嬉しいものだ。
『改めて言うまでもないが、今回の課外授業では魔獣を相手にしてもらうことになる。油断があれば文字通り怪我ではすまない結果になることも考えられる。それらも考えた上で望んでほしい』
一通りの延べ終えた後に、傍に控えていたミュリエルが拡声魔術具を口元に持ってくると、ものすごく面倒くさそうに喋り出す。
『えー。短い時間だけど、質疑応答の時間を設けます。何かある方は挙手をして』
そこから数人が手を挙げると、ミュリエルがマイペースではあるものの答えていく。俺もミュリエルも、課外授業における注意点についてはおおよそを頭の中に叩き込んであるので、今判明している事項については澱みなく回答できていた。
(しかし、招く講師役が平民の狩人ってんでも、驚かないよな)
事前に生徒達にもこの辺りには通達されていたが、改めて説明した上でも見渡す限り不平不満を漏らす者は見受けられなかった。これもジーニアスならではというやつかもしれない。
やたらと格式の高い魔法学校であればこうはいかないだろ。平民の講師を呼ぼうものならおそらく文句の一つ──どころか、軽く百ぐらいは出てきそうだ。実力主義ではあるが、逆を言えば魔法の腕を磨くために貪欲な生徒ばかりだ。身分の差などその『欲』の前では些細な問題というわけだ。
これなら問題はなさそうだな、と。生徒とミュリエルのやり取りを聞く側で視線を巡らせているとある場所で目が止まった。
ある一角で五人ほど纏まっているが、どことなくこちらを睨んでいるように感じられた。遠目で正確なところは分からないが、妙にそこだけが浮き出て見えるような気がする。あるいは、それ以外の──。
「あ──」
「──どうしたの?」
思わず発した素っ頓狂な声に、質疑応答を終えたミュリエルが反応する。どちらも覚醒魔術具を切っていたので声は響かなかったのは幸いだ。
「いや、悪い。何でもない」
「だったら時間だよ。お願い」
「っと、そうか。ありがとな」
「ん」
話し手をミュリエルから引き継ぎ、再び俺が覚醒魔術具に声を乗せる。
『では、以上で課外授業に向けての集会は終わりとさせてもらう。最後に教師陣からの伝言だ。道草を食って一限目に遅れないように、と』
そう締めくくると、ほんのり張り詰めていた空気が緩み、観客席に集っていた生徒達が各々ばらけて解散していく。俺たちもある程度見届けたら教室に戻るつもりだ。
「ではここからしばらくの間、よろしくお願いします」
「こちらこそ。誠心誠意勤めさせてもらうよ」
俺とミュリエルが揃って頭を下げると、狩人達の纏め役である壮年の男が落ち着いた物腰で会釈を返し、握手を交わした。昨日の時点で分かっていたが、経験の差はあれどここにいるのは皆、珍しいほど真面目で礼儀正しい部類の狩人たちだ。
軽く確認で言葉を交わしてから、傭兵達も壇上から去っていく。彼らの後ろ姿を眺めていると、ミュリエルが声をかけて来た。
「それでリース、さっきはどうしたの?」
「やけに食い下がるな」
気にするほどのものではないし、かといって特別に隠し立てするものでもない。
改めて先ほどの場所に目を向けると、すでにその地点は空席になっていた。終了宣言の時点で早々に席を立ったようだ。
「ゼスト先生と最初に組合に行った時に、食堂で出た話は覚えてるか?」
「当然。これでも記憶力には自信がある」
無表情ながら「むふー」と鼻息鳴らしながら胸を張る。小柄な背丈に不釣り合いな、胸元のご立派な大鉄球が揺れるが、流石に慣れてきた。
「結構。んじゃぁ、ラピスと初めて会った時の話があったよな」
「ラピスの黒歴史?」
「そうそう、それそれ」
生徒達の中にあって浮き出て感じられたのは、脳裏に覚えがあったからだ。こちらを険しい目つきで見据えていたのはまさしく、入学初期にラピスの取り巻きをしていた生徒たちだった。
「しかもなんか、人数が増えてたし」
ラピスの元取り巻きは記憶にある限りは二人だったはず。なのに先ほどはそれに加えて計五人くらいで纏まってこちらを睨んでいた。元の人数のままであれば流石に見落としていた。あるいは先日に話に出ていなければ思い出すのもままならなかった。
「だからどうしたって言っちまえばその通りなんだがなぁ」
「一応、ラピスに確認しておく?」
「あー……」
それが一番簡単なのだろうが、突き詰めるとまさしく彼女の忘れたい恥ずかしい記憶を掘り起こすことになる。果たしてその価値があるかどうか。




