二百十三話 出戻りやんちゃ勢
となると、そろそろ──。
「これはなんの騒ぎだ!」
食堂内に怒声が響き渡ると、いつの間にか出来上がっていた人垣が左右に割れる。中を進んで近づいて来たのは、先ほどぶりのライドである。テーブル席の面子を確認すると驚きの表情を見せる。
「あなた方は……」
「はっはっは。またお会いするとは奇遇ですなぁライドさん」
ゼスト先生が丁寧な対応を示すが、片手に持った酒杯のせいで絶妙に台無しである。ただライドは、ゼストの酔いよりも先に先ほどいきり立っていた男たちに鋭い目を向ける。
「またお前らか……」
「い、いやいやいやっ。俺たちは悪くないっすよ! こいつらにちょっと大人の礼儀作法を教えてやろうとしたら──」
「とのことだが?」
男の言い訳にもならない口上を途中で遮り、ライドが俺たちに問いかける。彼の言葉や態度を見ると、今回が初めてでもないらしい。
「絡まれるのが嫌だから、防壁を投影──使っただけで、少なくともこちらからは手は出してないですよ」
「防壁だぁ!? あんな雑魚魔法であんなに硬いのを長時間維持できるわけがねぇだろ!」
雑魚魔法呼ばわりがほんのり癇に障るが、世間一般の認識では間違っていない。ジーニアス内での認識は変わりつつあるが、一歩出ればやはり防御魔法への偏見というのは強いのだと良く分かる。今更に噛みつくほどではない。
「リースの言う通り。私たちは関わり合いたくないと示したのに、一方的に突っかかって来たのはこいつらで、しかも剣まで抜いた。……狩人に荒っぽい人が多いのは承知してたけど、聞く耳持たない相手に剣を向けるような人までいるなんて大変だね」
ミュリエルの淡々とした、それでいて皮肉と嫌味を含んだ補足を耳にすると、ライドの眉間に皺が寄る。小娘のもっともらしく憎らしい意見と、それを引き出す切っ掛けとなった男たちの愚行に苛立ちが募っているのが良くわかる。
「一つ追加で。小僧に魔法の指示を出したのは俺だ。つっても、出すように命じたのは防御魔法。攻撃魔法であれば話は別でしょうが……まさか防御魔法を使っただけで罰せられるような法もないでしょうに」
酔っていてもさすがはジーニアスの教師だ。ゼスト先生が論を付け加える。少なくとも『防御魔法』で攻撃するという発想は、ジーニアス以外ではまだ常識の埒外。これを使った時点で『拒否』の意は伝わっていたはずなのだ。
「俺たちとしては、騒ぎになってしまったことへの謝罪はありますが、騒ぎを起こしてしまった責任については預かり知らぬという点をご承知いただきたい」
絶妙に嫌らしいところをついていくなこの先生。結果的に騒ぎになってしまった事への申し訳なさはあるが、元々は騒ぎを起こすつもりは毛頭なく穏便に済ませるつもりだったと、ゼスト先生の台詞には含まれていた。
おおよそは察した様子のライドは、眉間によった皺を指で揉みほぐしてから、俺たちに向けて小さく頭を下げた。
「一重に組合側の監督不足です。申し訳ないことをした」
それは、俺たちの言い分を全面的に認め、男たちの非を認めるのと同意義であった。欠片も擁護が無いことに、男たちは言葉を失い目を見開いた。
「こいつらには後程、組合が責任を持って指導を行います。この場はどうか、ご容赦を願いたい」
「いえいえ。学校側としては、今後とも狩人組合との良好な関係を築きたいと思っています。ここは一つ、何もなかったということで」
「ご配慮、痛み入ります」
礼を述べてから、ライドは改めて男たちを鋭く睨みつけた。
前線上がりの貫禄から出てくる凄みに、額に冷や汗を垂らしながら男はどうにか口を開く。
「ら、ライドさんともあろう人が、そんなガキやおっさんの言うことを信じちまうんですか!?」
「……彼らはジーニアス魔法学校の生徒と教師だ」
「ジーニアスって────あのっ!?」
「今日は、半月後に予定されている組合と合同で行われる行事の打ち合わせに来てもらっていた。ジーニアスの関係者であり、直接話しをした私が断言しよう。貴様らと彼らの言葉、どちらが信用に値するか考えるまでも無い」
冷たくも怒りを宿した圧にさらされて、今度こそ男たちは勢いを完全に失いたじろぐ。
「今回に限り、彼らの好意の通りに不問としよう。だが、貴様らの素行には他の狩人のみならず、一般市民からも苦情が来ている。これ以上に問題を起こしたら、その時は覚悟しておけ」
話は終わったとばかりに、ライドは顎で店の出口を指し示した。男らは一瞬呆けた表情を見せたが、やがては俺たちを睨みつける。
「くそっ……いくぞお前ら」
しかしながら、話を聞いていた他の客達から浴びせられる冷ややかな眼差しに気が付いたようで。盛大に舌打ちを漏らしてから逃げるように店を出て行った。
「……申し訳ない。奴等は最近になって王都の組合に来たばかりでして。ジーニアスについてもあまり知らなかったのもそのためでしょう」
「ああ、どうりで」
王都に滞在していたら、この制服を着ている若者の九割が貴族であるのは普通は分かるだろうに、あえて絡んできたから妙だと思っていたのだ。俺とミュリエルは例外的に平民だが、それを見た目で判別するのは難しいだろうし。
「しかも、王都に流れて来た理由が、前に活動していた組合で問題を起こし居心地が悪くなったかららしい。腕は良いが先ほど言ったように普段から素行がよろしくなくて。調べてみればすぐにわかった」
「狩人とか向いてねぇんじゃねぇか、あいつら」
荒っぽい気性で暴力的な者も多い狩人ではあるが、そうしたものが誰でも成れるかといえば少しばかり違う。
ほとんどの狩人は、狩人という職でなければ、己が単なるゴロツキにすぎないと自覚している。故に組合の規定には従う程度の分別は求められているし、掘り下げていけば実績を重ねるために覚えることがかなり多い。
「大方、その辺りの制約が緩い田舎で調子に乗った奴らが、一旗上げようって流れてここまで来た感じじゃね?」
「やけに詳しいな」
「俺の故郷もまぁド田舎だからな。勢いで飛び出したヤンチャ盛りの狩人が、外の組合でやらかして出戻りってのが稀だがあるんだよ、これが」
でもって、田舎だからそうした愉快な話はおばちゃん達の井戸端会議では格好のネタだ。決まってそうした恥ずかしい話があっという間に広まるのである。