第二百十二話 久々に思い出したあれこれ
あの頃のラピスは、お家事情で精神的に荒れており、入学試験の結果が散々だったからな。おかげでノーブルクラス入りを逃して一般クラスに入ることとなり鬱憤が相当に溜まっていた。おかげでらしくない貴族ムーブで取り巻きまで揃えてやらかしたのだ。もっとも、その後に俺と決闘をしたことで多少は吹っ切れて、真面目な気質に戻ったが。
「あ、そういえば『あいつら』どうなったんだろう」
「あいつらって、だれ?」
ミュリエルがコテンと首を傾げ、俺は天井を見上げながら思い出す。
「最初にラピスに会った時に周りにいた生徒だよ。ラピスが真面目になった見なくなったなと」
ある意味では俺とラピスの接点を作り出した奴らなのだが、いつの間にか全く姿を見なくなった。顔を合わせたのは一度か二度で特別に気に掛ける相手でもなく今の今まですっかり忘却の彼方であったが、拍子に思い出した。
「その辺り、どうなんでしょうかねゼスト先生」
「担当クラスでもねぇ一般生徒まで、全部網羅してるわけねぇだろ。特にその類の生徒ってんなら尚更だ」
「その類?」
俺が疑問符を浮かべると、ゼスト先生はつまらなそうに口端を歪めた。
「魔法学校ってのは性質上、貴族の子息令嬢が中心の学校が多い。ジーニアスは珍しくそういった肩書きが通用しない場所だってのは、もはや言うまでもないな」
基本的には実力主義であり、『決闘』という場に限るとは言え、平民が堂々と貴族様を殴り飛ばせる学校というのは他にない。肩書きに捉われずに生徒同士が遠慮忌憚もなく切磋琢磨できるからこそ、ジーニアス魔法学校は国内で最高峰の水準を保っているのである。
「この校風は当然、入学する前に希望者に伝えられてる。生っちょろい根性の持ち主は大体、入学試験で落とされる。だからまぁ、ジーニアスの生徒ってのは真面目で勤勉なやつが多いわけだ。性格や素行はともかく」
「性格や──」の下りで俺とミュリエルにそれぞれ目を向けて来たのはあえて問うまい。普段から騒がしくしている自覚はちょっとあるしな。
「ただそうやって篩に掛けても、毎年少なからずは、こすっからい貴族根性を持ったガキどもが入学してくるわけよ」
入学するための必要最低以上の能力を有しながら、特に向上心を持たない新入生。彼らが求めているのはジーニアス魔法学校に在籍し卒業したという肩書と、やがては社会の次代を担う子息令嬢たちとの繋がりを設けることにある。
「まぁ、よほどに世渡りが上手くなけりゃぁ、後者の目的は大体不発に終わる。ラピスの件がいい例だろ」
「元から真面目な生徒が多いから、取り巻きや派閥を作ってる暇があったら勉強や魔法鍛錬三昧だもんね」
日々研究三昧万歳なミュリエルが言うと、どこか説得力があるようなないような。
ジーニアスの生徒は普段は青春を謳歌しているが、その傍らで誰もが自己研鑽を怠っていない。これが試験期間中となると真剣度が凄まじく、半ば殺気立っているほどだ。特にノーブルクラスではクラス降格の可能性もある。
「でもって、そういった生徒ってのは鳴かず飛ばずだから、教師陣の記憶にもあまり残らねぇ。そうした雑な生徒を気にかけてる暇があったら、向上心ある奴らに指導していた方が有意義だからな」
上を目指して伸ばされた生徒の手は掴んで引き上げるが、そうでもない生徒はよほど問題を起さない限りは無関心なのが教師の立ち位置だとか。
「つかな、今年は向上心は溢れてるが問題もたらふく起こす生徒の相手でこちとら手一杯なんだよ。わかる?」
「はいはいどうも申し訳ございませんね。極力前向きに善処することを考慮しますよ」
「なんじゃそりゃぁ。まったく期待できねぇぇ」
村長が村人の陳情を聞き流す時の口上を述べると、ゼスト先生は嘆きながらも酔ったケタケタ笑いを漏らした。
「ねぇリース」
ちょいちょいと、俺の袖を引っ張るミュリエル。
「外、終わったみたい」
「お、そうか?」
広域結界の外に目を向けると、絡んできていた男たちは息を荒くしへたり込んでいる。しかもよくよく見れば手元には半ばで折れた剣が転がっていた。
「マジかよこいつら……」
男たちのあまりの阿保さ加減に呆れてしまった。
会話の最中にも広域結界を殴ったり蹴ったりする音が聞こえて来たが、結界が揺らぐ様子もなかったので半ば放置していた。ただ、途中で諦めて去ると思いきや、まさか刃物まで抜いていたのは予想外だった。
とはいえ、俺ら以外の魔力の動きはなく結界が破られる気配もまるでなかったので感知していなかった。もっとも、見る限りでは剣が力負けしてあっさり折れてしまったらしい。
広域結界を解除してみると、食堂内にいた者たちの注目を一様に集めているのがわかった。そりゃぁこれだけの騒ぎになれば当たり前か。騒ぎを起こしていたのは主に絡んできた男たちで、俺たちは我関せずであったが。
隔てが無くなったことに勢いを僅かばかりに取り戻したのか、男の一人が立ち上がると派手にテーブルを叩いて詰め寄ってくる。
「このクソガキが……こんなことしてどうなるかわかってんのか!?」
「俺たち側からは何もしてねぇよ。オタクらが勝手に騒いでただけだろ」
「こっちは商売道具を壊されてんだぞ! どう落とし前つけるつもりだ!」
「だから、勝手にやらかしてんのはそっちだって」
案の定というか、身勝手な怒りをあらわにする男に、俺は淡々と正論を述べる。その間にミュリエルはつまみの残りを食べており、ゼスト先生は愉快げに酒を煽っていた。もうちょっと真面目に対応していただけると俺としても助かるんだけどなぁ。
しかし……ますますもって、ラピスとあった時と似た状況になって来たな。