第二百十一話 前にもちょっと似たような状況があったかもしれない
『大賢者』に至る道と共に歩める、俺の将来──か。
今の俺は非常に充実した日々を送れている。ジーニアスでの時間は、婆さんとの修行を除けばこれまでの人生よりもずっと濃密に違いない。けれども、そんな楽しい日常がずっと続くわけでもない。いずれは終わりがやってくる。
「あ、ねぇちゃん、お代わり追加で」
「って、まだ飲むんかい!?」
俺が真剣に悩んでいるのを余所に、ゼスト先生がそばを通り過ぎる従業員の女性に酒精の注文をしだした。咄嗟にツッコミを入れるとほんのり赤くなった顔に顰めっ面を浮かべる。
「聞くことは聞いて話すべきは話したんだ。進路指導はこれで終わり。報告書は明日で良いって言われてんだし、こっからは自由時間だ。俺が何を飲もうと俺の勝手だろうに」
「あ。じゃぁ私もおつまみおかわりで。ついでに酒精の入ってない飲み物があればお願い」
「ったく、しゃぁねぇな」
ここぞとばかりにミュリエルも追加注文をしだした。ちゃんと無酒精を頼む辺りはちゃんを弁えていた。
「ほれ小僧。お前もなんか頼め。一杯とつまみぐらいは奢ってやる」
「……じゃぁ、お言葉に甘えて」
なんだか一般常識を連ねるのも肩が疲れてしまった。いっそうのこと、問題を起こさない程度にハメを外してしまったほうが楽だな。俺も一緒に飲み物を注文する。
少しして運ばれて来た、飲料の注がれた器をそれぞれ持つと。
「んじゃぁ、本日もお疲れ様っ! 乾杯っ」
「「乾杯っ」」
妙なノリに巻き込まれつつ、ゼスト先生の音頭に吊られて木製の器をぶつけ合う。そこから全員が一口煽る。
「かぁぁぁぁっ、徹夜明けの体に沁みるねぇ」
「先生、それ二度目だよ」
「っきゃろぅ、酒ってのは何度飲んだって体に染み渡る妙薬だってしらねぇのか」
「酒屋の息子から言わせてもらうと、あんまり良い飲み方じゃねぇからな」
酔いが回り始めている教師に、ミュリエルと俺がそれぞれ一言ずつツッコミを入れる。とはいえ、揃って悪い気はしていなかった。先ほどまでは教師として、俺たちの行く末を少なからず案じてくれていたのだ。だったら、勤務時間が今で口をだすのも野暮というものだ。
「……ところで、お酒って美味しいの?」
「お、お前もちょっとやるかい」
──ゴンッ!
ミュリエルの好奇心にまさかの悪ノリを発揮したゼスト先生を目に、思わずテーブルに額を打ちつけていた俺である。
「俺の感心を返してくれ! 曲がりなりにも教師が生徒に酒を勧めようとするんじゃねぇよ! 学校長に報告するぞ!」
「そこはほら、情操教育の一環ということで」
「しまいにゃ教師だろうとしばくぞあんた!」
額をさすりながら叫ぶ俺に、大層愉快げにケタケタと笑うゼスト先生。
よくよく考えなくても疲れた身で酒を飲めば、酒精の回りが早くなるのも当然だ。やはり二杯目以降は止めておくべきだったか。
「ミュリエルも。酒は学校を卒業するまでやめておけよ。若いうちから酒飲んでると、酒中心の生活になりかねぇからな。酒屋の息子から忠告だ」
改めてミュリエルに釘を刺しながら、俺は視線を落とし深く息を吐き出した。
なぜ俺がツッコミ役に回っているのだろうか。こういう役回りはアルフィとかラピスの分野だろうに。もしかして俺は、自分が思っているよりも真面目なのだろうか。
なんてことを考えていると、不意に三組の足がすぐ側で止まった。勘違いではなく、ちゃんと全員の爪先が俺たちのテーブルへと合わさっている。
ゼスト先生含む俺たち三人は揃って目を向ければ、そこそこにガタイが良い男の三人組だ。薄汚れてはいるが鎧を纏い腰や背中に武器を帯びているから、狩人には違いない。
「おいおい、この酒場はいつから子供の遊び場になったんだ?」
男の一人が、癪に触る笑みを顔に貼り付けながら言葉を吐き出す。他の二人も似たり寄ったりな表情だ。
「しかもよく見りゃ、街で偶に見かける学生の服じゃねぇか。ここはお坊ちゃんが遊びにくる場所じゃないですよ?」
「ここは一つ、高貴な方達へ俺たちが作法を教えて差し上げなきゃならねぇな」
………………………………。
席に座っている俺たちは揃ってなんとも言えない生ぬるい視線を男たちに向けていた。気持ちよく酔っていたゼスト先生でさえ、今は呆れてものも言えないとばかりに半眼である。
事情はよく分からないし興味もないが、場違いな俺たちに絡もうというのだけは理解できた。
「小僧」
「あいあい」
指をくるりと回したゼスト先生の意図を汲み、俺はテーブル席と俺らを囲う形で広域結界を展開。外界からの影響を遮断する。突如として自身らの前に現れた半透明の膜を前にたじろぐ男たちであったが、俺たちは酒盛り(学生二人は無酒精だが)を再開した。
「あ」とミュリエルが何かを思い出した声を発する。
「リースがラピスと知り合ったのがこんな状況だって、アルフィから聞いた」
「その話はラピスにとって間違いなく黒歴史だから、本人の前で絶対に言うなよ」
「ん、分かった」
厳密には状況は異なるものの、テーブル席に座ってる最中に絡まれると言う点であれば確かに同じだな。
あの頃のラピスは、お家事情で精神的に荒れており、入学試験の結果が散々だったからな。おかげでノーブルクラス入りを逃して一般クラスに入ることとなり鬱憤が相当に溜まっていた。おかげでらしくない貴族ムーブで取り巻きまで揃えてやらかしたのだ。もっとも、その後に俺と決闘をしたことで多少は吹っ切れて、真面目な気質に戻ったが。




