第二百九話 ちょっとした進路相談──あと先達からの助言
「かぁぁぁぁぁぁっっ。労働後の酒ってのはどうしてこうも沁みるのかねぇ……」
「いやあんた本当に教師としてどうなんだよ。昼間から酒って」
「昼っつっても、とっくに正午は過ぎて夕方寄りだ。仕事を早上がりした奴らなら早めの酒盛りを始める頃だろうよ」
本日の要件である組合の人間との顔合わせは問題なく終わり、後は帰るだけというところで、俺たちへの労いにとゼスト先生が組合に隣接している大衆食堂に誘ってくれたのだ。昼食は学校で食べてから来ているし、夕食にはまだ早い。ちょっとした軽食程度のものだが、小腹は空いているので御相伴に預かることにした。
──のだが、ゼスト先生は席に座るなりいきなり酒を注文し、肴まで頼み出したのだから、反射的にツッコミを入れてしまう。
「もしかして……私たちを誘ったのってただの口実で、本当はただ先生が飲みたかっただけ?」
「お、分かる? さすがは学校長の弟子だな」
甘味が無かった事に若干肩を落としつつも、手頃な菓子もどきを注文していたミュリエル。豆菓子の様なモノをぽりぽり食べながらの指摘に、ゼストは悪びれなくあっさり肯定した。
「生徒との交流費って面目で、ワンチャンス経費で落とせねぇかなと」
「そこは認めちゃうのかい」
教師じゃない俺でもそれは絶対に無理だって分かる。大体なんだよ交流費って。接待とかじゃねぇんだぞ。
「まぁ、酒が飲みたかったってのも本音だったが、理由の半分だ。もう半分は、お前さんらと改めて話をしておきたいと思ってね」
酒を煽りつつ出はあるものの、意外や意外な発言に俺は驚いた。
「俺ぁ真面目とは言い難いが、それでも教師として最低限の本分を全うしようってぇ気持ちくらいはあるんだよ。生徒共にモノを教えるのも嫌いじゃねぇしな」
失礼ながら、あまりにも似合わない台詞が似合わない教師から出てきた事に俺とミュリエルは思わず顔を見合わせてしまった。
「分かってんだよ。柄じゃねぇってのは。だから酒でも飲んでなきゃやってられねぇのよ」
「……それで、私たちに改まって話って何?」
「端的に言えば『進路相談』ってやつだよ」
言い換えれば、俺たちがジーニアスを卒業した後にどの様な道に進むかだ。
「私たち、まだ一年だよ?」
「その一年も結構過ぎてきてんだろうよ。あっという間に二年、三年って登ってくぞ。あと、おまえたちは生徒の中じゃ少数派だからな。他の生徒と歩調を合わせてると何かと問題も出てくる」
おおよその生徒はどこかしらの貴族の血族であり、一学年の時点ですでに進路が定まっているものも多い。長男長女であれば、生家の次期当主。次男以降であれば兄や姉などの補佐に回るか、家を出て国軍に入るか。
ただし、俺たちは貴族でもなんでもなく平民の出である。他の貴族生徒たちとは一括りにはできない。
「確かに卒業までにはまだ時間はあるが、どの時期にどんな指針を持つかで学び方の姿勢もかなり変わってくる。もっと早くに準備してれば──って後悔した生徒を何人も見てきてるからな」
教師として多くの生徒に携わっていたのだろう。ゼスト先生の言葉には不思議な説得力があった。言われて納得できる部分もある。
「とまぁ、そんな感じだ。別に深く考える必要もないぜ。卒業後の進路をどの程度認識してるのかを確認するだけだ。あるいは指針が、あればどんなモノなのは聞かせて欲しい」
かつてないほど教師然とした空気を醸し出すゼスト先生だ。ここで片手に追加でお代わりした酒杯がなければ完璧だったのに。
防御魔法の有用性を世に知らしめるという目標はあり、そのために主席になったり決闘で戦ったりとしてきたが、卒業後のことなんてあまり考えたことがなかった。
けれども先生の言う通り、指針の様なものはあった方が良いのかもしれない。少なくともずっと先延ばしにできる話でもないし、意識するだけでも何かが変わるかもしれない。
「んで、ミュリエルの方はどうだい。現時点ではどう考えてる」
最初に話を振られたミュリエルは、顎に手を当てて「うーん」と視線を宙に彷徨わせてから。
「私、実家が結構大きい商家だから。食いっぱぐれても多分大丈夫」
「堂々と親の脛齧り宣言!?」
あまりに酷い返答に、思わず声を発してしまう俺である。これには問いかける側であったゼスト先生も苦笑を抑えきれない。
「ま、お前さんは学校長のお弟子さんでもあるからな。卒業後は学校に所属して、学校長の補佐役に回るってのも十分にありだ」
「えぇ……」
あからさまに顔を顰めるミュリエル。めちゃくちゃ嫌そうだ。
「学校長って、国内で最上位に位置する魔法使いっての忘れてねぇか? 大金払ってでも弟子入りしたい奴らはいくらでもいるぞ、多分」
とはいえ、少し失礼な話だろうが、そもそもミュリエルが働いている姿を想像するのが非常に難しい。労働に勤しむ暇があれば研究に時間を費やすだろう。
「リース、それはそっくりそのまま己に返ってきてるって自覚ある?」
「あぁー……」
言わずもがな『大賢者』は世界的にも魔法使いの最上位の存在だ。もはや伝説扱いをされているほどであり、ジーニアス魔法学校で時折に話題が出るたび、我が師匠の凄まじさを思い知らされる次第である。
「先達として忠告しておくが、魔法使いの研究ってのはどだい儲からねぇのが相場だ。そのくせ、実験器具やら材料でやたらと出費がかさむからなおさら食ってけねぇ。俺を見りゃ分かるだろう」
体験が伴っているだけあり、非常に現実味のある話だ。研究で儲かっていないから、教師をしているらしいしな。




