第二百八話
「納品が終わったら早々に帰るから、ついぞ顔を合わせる機会がなくてな! いやはや、やっと会うことができた!」
見た目に違わぬかなりの力が入っており、俺でなかったら息が詰まりそうだ。
「君のことは、組合内でも噂になっていたんだよ。ふらっと現れては、希少な収納箱から、
市場でも滅多に出会わない魔獣を売りに来る少年がいると」
「はぁ……さいですか」
狩人組合で収入を得る方法は大まかに分けて二つ。
一つは、誰かしらが依頼を出し、組合が受注して狩人に斡旋するというもの。狩猟した獲物の状態にもよるが、あらかじめ報酬が提示されている分、利益の計算がしやすい。
もう一つは、狩猟した魔獣をそのまま納品するというもの。納品額は、市場での流通量や需要、品質に左右されるので目安はあるが安定はしない。
おおよその狩人は、まず依頼を受注し目標の魔獣を狩猟。その過程で他の魔獣も余裕があれば狩って納品するのが一般的だ。
ただ俺の納品した魔獣は、黄泉の森に住む個体で、よその魔獣生息地に赴けば一帯の親玉やら主だのと呼ばれる類であり、並の狩人では歯が立たないものばかりであった。おかげで、依頼が出されていなくても非常に高値で売却することができたのだ。
「おかげで、似た様な等級の魔獣狩猟の依頼が舞い込んで困っていたんだよ。……実は他に溜め込んでいたりしないかい?」
「もうないですよ。この前に全部吐き出しちまいましたからね」
諸事情で、収納箱の中身を空っぽにする必要があり、その過程で売り物になりそうな魔獣素材は全てここの組合に卸してしまった。今現在、収納箱の中身は実用品とオヤツ関連しか入っていない。
「そうか……それは残念だ。──っと、申し訳ない。噂の少年と会えて少しばかり興奮してしまいました」
ハッとなり、ゼストとミュリエルに対して申し訳なさそうに謝るライド。
「いやぁ構いませんよ」
ゼスト先生は顎の無精髭を指先でなぞりながら、意地の悪そうな笑みになる。
「しかし、学校長から多少は聞いてたがなぁ。もう魔法使いなんぞやってないで、狩人になっちまえばいいんじゃねぇか? 随分と稼げてるんだろうし」
「本当に教師の言う台詞かよ……。狩人は必要に駆られて手を出しただけで、今の本業はあんたのところの学生でしょうが」
別に本気で言ったわけじゃないだろうが、ゼスト先生の冗談に律儀に返した。
「あと、校則じゃぁ学業に影響が出ない範囲なら副業は問題ないはずっすよ」
意外な話ではあるが、放課後に内職をしている生徒というのは少なくない。
おおよその生徒は実家が貴族であり仕送りもあるが、中には学費を捻出でもギリギリという家もある。そういった生徒が生活費やら娯楽費を稼ぐため、アルバイトをするのである。中には、社会経験や趣味といった賃金以外の目的で働いている者もいる。もちろん、平時の授業態度や試験の結果に影響が出そうであれば、学校側から指導が入る。最も、主席である俺は全く持って問題ない。
と、俺の言葉を耳にしてライドはあからさまに肩を落とした。
「やはり狩人に専念する気はないか」
「……なんか、申し訳ない」
話の流れで、あわよくばと考えていたらしい。
魔獣を相手にする以上、狩人は非常に危険な生業だ。怪我人は日常茶飯事的に発生するし、年に何人かは間違いなく命を落としている。多ければ十人単位に登ることもザラだ。それだけに、安定して希少かつ強力な魔獣を狩猟できる狩人というのは数が少ない。そうなる前に怪我で引退するか帰らぬものになるかのどちらかだ。
「いや、こちらが手前勝手に期待し、落胆しただけだ。君からの謝罪を貰うことが筋違いだ。気にしないでくれ。腕の良い狩人は大歓迎だが、無理強いをして続く様な職業でもないからな」
危険が伴うだけあり、強制したところでまともに稼げる様な仕事でもない。
「君の話が聞けただけでヨシとするさ。件の依頼については、もしかしたらの気持ちで引き延ばしていたんだがね、先方には正式に断りを入れておくとしよう」
「おい」
俺がジト目を向けると、ライドは悪びれもなく朗らかに笑った。肉体派に見えるが案外と強かな面も持ち合わせているのかもしれない。
「もちろん、これ以降も魔獣の持ち込みは大歓迎だ。暇な時であれば依頼を請け負って貰うのも良いぞ。君向けの実入りの良い依頼もあるからな」
「だからやらねぇっての! 何気に図々しいなあんた!? 実入りの良い依頼って、どうせ誰もやりたがらなくって塩漬けになってるのとかだろ!」
魔獣そのものの強さはそれほどではないが生息域が非常に面倒な場所にあったり、逆に手近なところに出没するが市場に流通できる品質で狩猟するのが非常に困難だったりと。黄泉の森で、大賢者に似た様な課題を出されて大変な目に遭った記憶が呼び覚まされる。
「おぉ、察しがいいな。利益と危険をしっかり勘定できるあたり、ますますもって狩人に欲しい人材だ。どうだろう、今は無理でも卒業後は。なんなら職員でも構わんよ。ジーニアスの生徒というのであれば、文字書き計算についても優秀だろう」
「そいつ、主席だから事務方面でもバッチリ大活躍しますぜ」
「確かにそうだったな!」
「先生あんたいい加減にしろよ!? ライドも乗るんじゃねぇ!」
余計な補足を入れるゼスト先生と、ますます乗り気になったライドに大声でツッコミを入れてしまう。
──なおこの間、ずっと黙っていたミュリエルは、いつの間にか立ったまま寝るという器用な真似をしていた。