第二百七話 組合に行ってきた──研究はナマモノ
──翌日。
「疲れた……」
「お前は何もしてねぇだろ──俺もだけど」
肩をガックリと落として項垂れるミュリエルの頭に、ぺシンと痛くない手刀を入れる。
学校長のいう通り、俺たちはゼスト先生と共に狩人組合に赴いていた。
流石に王都にある組合だけあって、建物の規模はちょっとしたものだ。大人数が行き交う受付フロアに仲間の誘いや依頼の張り出しがされている巨大な掲示板。隣に併設されているのは大衆食堂で、こちらも大変に賑わっていた。
俺の故郷にある狩人組合は二階建て一軒家をそのまま受付にした形であったので、初めて王都の組合を訪れたときは規模に驚いたものだ。
「生徒は気楽でいいなぁおい。こちとら徹夜の研究明けで眠いったらありゃしねぇってのによぉ」
口元に手を当てながら、大きくあくびを漏らすゼスト先生。目元にはいつもより濃い隈がこびりついており、寝不足なのは一目瞭然だ。すでに組合側と学校側の話は終わっており、応接間を出たところだからいいが。
「いや、あんたはもうちょっと真面目になれよ。組合に行くって、前もって分かってたんじゃねぇのか」
「馬鹿野郎。研究ってのは生物なんだよ。情報とそれに伴う閃きは、新鮮なうちに検証しなきゃ腐っちまうんだな、これが」
「なんなの、その謎理論」
あまりの態度に、教師相手にぞんざいな口調になるも、ゼスト先生的にはあまり気にならないようだ。あと、ミュリエルが彼の言葉に「ウンウン」と頷いてた。研究肌という点では共通点があるからな、この二人。
とはいえ、組合の人間と応対している間、欠伸の一つも漏らさなかったのは、ジーニアスの教師という自覚があるからであろう。
だらけるときはとことん気を抜くが、真面目なときはしっかり決めてくれる辺りは、指導力の高さも加わって俺を含めた生徒たちからは好感が持たれている。
「ま、お前らの出番は明日以降だ。生徒のまとめ役は頼んだぜ」
「柄じゃねぇんだがなぁ……そういうのは」
話に参加してはいなかったが、話の内容は聞いていたのだ。大まかな概要は把握できている。俺の役割は、教師と組合が取り決めた内容を生徒たちへと伝える役割。そして生徒たちからの質問を纏めて教師たちに上げるというものだ。
「これも情操教育の一環てやつだ。安心しろ、俺たち教師もフォローはしてやる。最終的な決定を伝えるのは学校長だから気負う必要もない」
組合、学校と生徒たちの間を円滑に進めるのが俺とミュリエルなわけだ。
「それと、人手が必要であれば、何人かは増やし構わない。人選は任せるぜ」
「じゃぁ──」
顔をぱっと輝かせるミュリエル。大方、追加人員に補佐役を押し付けてサボろうって魂胆だろうが、そうは問屋は下ろさない
「ただし、ミュリエルが補佐役なのは学校長からの絶対命令。怠けようものなら包み隠さず報告しろとのお達しだ」
「ちっ、師匠め。余計なことを」
ゼスト先生から告げられた内容に、ミュリエルは滅多に見せない苛立ちの表情とあからさまな舌打ちをする。俺とゼスト先生は「おいおい」という顔になってしまった。
彼女も師が相手だと色々と遠慮がなくなるようだ。この辺りは俺との共通点だな。どこの師弟界隈でも、上のお達しに振り回されるのは下の常というわけだ。ミュリエルの場合は、研究にかまかけて授業や行事にあまりにもやる気を見せないのが原因ではあるのでフォローしにくいけども。
「少しばかり、よろしいかな?」
俺たちの背後、歩いてきた方から声がかけられた。三人揃って振り返れば、ガタイの良い壮年の男だ。顔には消えずに残された傷がいくつかあり、場数を踏んだもの特有の風格が滲み出ている。
つい先程まで、ゼスト先生と課外授業についての話をしていた組合の人間だ。
ジーニアスの課外授業において、組合側の担当役で『ライド』と名乗っていた。
おそらくはこの組合内でそれなりの地位にいる人間だろう。風貌から察すると、元は狩人で、引退した後に依頼を斡旋される側から斡旋する側に回ったのだろう。
「これはライドさん、どうしましたか。先ほどの話で何か気になる点でも?」
「いやいや、課外授業については現時点では十分です。あとはおいおい決めていけば良いでしょう。それとは別件でして──」
と、ライドの視線が俺へと向けられた。
「実は、彼に用が」
「俺に?」
首を縦に振ったライドは、口元に手を当てて軽く咳払いをすると、改めて口をひらく。
「リース君だったか……間違いだったらそれはそれで構わないんだが、もしかしてこの組合で、偶に依頼の出ていない魔獣を納品していないかい? かなり高額個体を、何体も」
「あぁ……、ありましたねそんなこと」
何を隠そう、ジーニアス魔法学校への入学費及びに授業料は、ここの狩人組合へ魔獣を納品した時の報酬で賄ったのである。それ以降も、ここの組合は利用させてもらっている。
「やはりそうだったか!」
肯定した途端、ライドは俺に詰め寄り、両肩を掴んできた。




