第二百五話 後にアルフィは語る──現場に居合わせなくて本当に良かったと
強化は言わば、超化と進化の中間的な魔法だ。瞬間的な速度や出力に置いては劣っているが、継戦能力に限れば三つの中で最も秀でている。
例えるなら、超化を全力疾走と休息を繰り返し、進化は呼吸を魔法で自動化し、力尽きるまで走り続けるようなもの。強力な分だけ身体への負担も相当なものだ。
そして強化は、落ち着いた呼吸で小走りを感じだ。通常状態よりは確かに疲れるが、結果的には超化と進化よりもずっと長く続けていられる。
内素魔力は平時の俺よりも少しだけ多い程度だが、それだけでも出来ることは色々と増える。 最大の利点はやはり、外素魔力を取り込む一呼吸も間も消える事だ。近接戦闘が主な俺にとって刹那ほどの隙も致命的になり得る。おかげで、跳躍の使用制限も実質なしに等しくなる。
翼からの魔力噴射──飛翔加速は瞬発力こそ飛天加速に劣るが、継ぎ目なしに使用する事ができる。足を地面に固定すれば、充填時間は必要だが、僅かの間だけ超高速突進が可能となる。
「つまり、バルサの削岩槌腕を突破できる威力は出せないから、強引に押し出して場外敗北を狙ったんだ」
「最後にあいつが真っ向勝負を受けてくれて、実際のところは助かったよ」
決闘を終えた後、俺は学外の喫茶店に足を運んでいた。今は大きめなテラス席に腰を下ろし、頼んだケーキを堪能しながらミュリエルとバルサ戦の振り返りだ。
最後の充填した飛翔加速を前に、バルサは防御ではなく迎え撃つ体勢をとった。あそこでもし防御に徹されたら、強化状態での攻略は不可能に近かっただろう。
「土属性魔法で足を固定されたり重量を加算されたら、押し切れなかったんだ」
「そういう事。もしあれで凌がれてたら、超化か進化のどっちかを使わないと勝てなかっただろうな」
最後にバルサが使った魔法──削岩剛撃は六角形防壁で作った防壁を貫く威力であったが、そこは複数枚重ねた防壁を破壊される手前から投影し続けてどうにかカバーした。これも吸魔装腕が耐えず魔力を取り込んでいたからこそできた芸当である。
「意外だね。リースがそこまで評価するなんて。ああいうのは嫌いだと思ってた」
「お貴族様にしちゃぁ、言動の割に筋を通す性質みたいだしな。魔法そのものに対しては、俺やお前と同じく真面目だしよ」
最初の頃は感情的になると癇癪を起こし、街中でも構わず魔法をぶっ放すような輩であったが、王都の警邏に一度拘束されてからはそれも無くなった。相変わらず導火線は短いが、慣れてくるとその辺りがなんとも憎めないのが不思議である。
「この人の場合、人の好き嫌いの半分くらいは『魔法使いとしての在り方』みたいなところがあるから。魔法好きであれば大概は良い人判定でしょ」
「そこまで適当じゃねぇから」
同じテーブル席に座るラピスが失礼なことを言うので、俺はすかさず否定した。当然だが彼女も俺とバルサの決闘は観戦していた。
「それで、体の調子はどうなのさ。決闘の動きを見た限りでは大丈夫そうだけど」
「おう、もう万全だ。痛みは全くないし、魔力操作も問題ねぇ」
力瘤を作り自身の二の腕を叩くと、ラピスは笑みを浮かべた。この一ヶ月間、みんなには何かと心配をかけていたからな。お陰様で以前通りの状態に戻る事ができた。後で超化も使って改めて調子を整え、進化に体を慣らしていく事になる。
「相変わらず化け物みたいな体の作りをしていますね。学校勤めの保健医の話では、普通は半年近くは寝たきり生活になるくらいの酷いものだったと聞いています。何を食べたらそんなに頑丈になるのかしら」
「肉と野菜をバランスよく摂って、その分だけしっかり運動してりゃぁこうなるよ」
「あなたの場合、その分量が明らかに常識外なんでしょうね」
聞かれたままをそのまま答えたのに、カディナは呆れ果てた様子だ。校内戦の準決勝を経てから、彼女との間にあった微妙な壁も無くなったように感じられる。今ではこうして放課後スイーツを一緒の席で楽しむようになった。
ちなみに、アルフィは今回欠席だ。いつも通り誘ったのだが断られてしまった。今日はゼスト先生に指導を頼んでいたらしい。校内戦の前後で、あの二人が放課後に一緒になる光景をよく見るが、意外なところで波長があうのだろうか。
あの教師、授業におけるやる気のなさはともかく、内容については非常に優れているからな。大賢者の指導を受けていた俺でも感心するような説明や考察が出てくることもあるほどだ。校内戦の後に聞いたが、励起召喚を作ったのもあの先生の助言があったかららしい。
魔法関連の指南書は読みつつも、ほぼ独学でここまで来たアルフィにとって、新たな魔法を生み出す契機を与えてくれたゼスト先生は、もしかすれば初めて『師匠』と呼べる魔法使いなのかもしれないな。
と、そんな事を考えながら何気なく彼女の前に置かれているケーキに目がいく。
「やっぱりそっちも美味そうだな」
「残念でしたね、私のが最後の一つですから」
本当は両方頼む予定だったのだが、人気商品だったのか最後の一つだったのだ。公平に勝負で決めたのだが、結果は見ての通りである。
「……そんなに物欲しげな顔をするのはやめてくれません? なんだか非常に悪い事をしている気分になるわ」
「いや、すまん。けどここのケーキは評判がいいからな。……今日のところは諦めるけど」
ただこの店はカディナの頼んだケーキも含めて商品が人気であり。学校が終わってから来ると満席だったり品切れが多かったりと難易度が高いのだ。次に来たところで目当てのケーキが食える保証もない。ついでに言えば、他にも行きたい店はあるし、次回はいつになるか。
そうやって悶々していると──。
「では……し、仕方がありませんが」
と、カディナは吃りながらケーキを切り分け、フォークに刺すとこちらに差し出してきた。
「ひ、一口だけであれば、お譲りしましょう」
「……え、これで?」
「早くしなさい……私の気が変わらないうちに」
これはいわゆる、恋仲の二人がモノを食べさせ合う『あーん』というヤツであった。こんな状況、創作物語でしかお目にかかった事ないぞ。しかも当事者の位置で。
見れば、フォークを差し出すカディナの頬は真っ赤である。絶対に確信してやっている。
「カディナ……それはあざとすぎるって。ああでも僕も」
ラピスは妙に戦慄し、思い悩んでいる。まさかお前もやりたいのか。
思い切りがいい方だと自覚はしているものの、せっかくの行為に甘えてしまいたい欲求と、この公共の場で『それ』をやる恥ずかしさが天秤に乗った。
──数秒が一分か二分に感じられるほどに苦悩する。
「じゃ、じゃぁ……お言葉に甘えて──」
そして決断した俺は、重苦しくなった口を開き掛けたが、そこで肩が叩かれた。
「ん? どうし──むごっっ!?」
反射的に振り向いた俺の口元に、何かが捩じ込まれる。口の中に程よく酸味の効いた甘さが広がった。
「「ああっっ!?」」
「こっちのケーキも美味しい」
カディナとラピスが悲鳴に近い音を上げる中、相変わらずのマイペースなミュリエル。隣に座っていた彼女が俺の口に自身のケーキを捻り込んだのである。目を白黒させつつも俺は口を動かして咀嚼し飲み込んだ。いや、確かに美味しかったけども。
「むふ〜」
「「くっ」」
どことなく勝ち誇ったようなミュリエルと、それに対して悔しげなラピスとカディナ。お前らはなんの勝負をしているのだろうか。
 





