第二百四話 輝きはしないけども
「……いつまで遊んでいるつもりだ」
「あん?」
笑みを浮かべている俺に対して、バルサの表情は険しい。苛立ちを吐き出しながらこちらを睨みつけてくる。
「あの進化とかいう魔法をなぜ使わない」
「……俺が病み上がりなの忘れてねぇか?」
「だとしても、超化も使わないのは貴様らしくもない。こちらはそれを想定して調整してきたんだぞ」
流石の俺も、一月ぶりの決闘で早々に『進化』を使うのは躊躇われていた。超化にしたって、体への負担は少なくない。
ただ、このままでバルサに勝てるかと問われれは実のところ自信がない。決闘が始まる前から微妙なところに本日お披露目の新たな魔法を使ってきた。削岩槌腕と正面から殴り合い続ければ、どれだけ魔力を回復させようといずれは押し切られる。距離を取ろうにも大地隆起や他の魔法で地形を操られて機動力が殺される。
「驕るなよ平民風情が。それとも、出し惜しみして無様に負けるつもりか」
「別に手加減してるとか慢心してるって訳じゃぁねぇっての。俺なりに色々と考えてんだよ。学年主席舐めんなよ」
語りながら、俺は右手で魔力を圧縮する。密度が増し輝きを帯びた魔力の塊を目にし、バルサは削岩槌腕を備えた腕を構える。ここからが正念場だと判断したのだろう。
「悪いなバルサ」
俺は断りを一つ入れてから、胸元に圧縮魔力を取り込む。
「何だとっ? 貴様、この後に及んで──」
「今日使うのはどちらでもねぇんだわ」
投影し形成されるのは左腕。剛腕手甲よりも一回り小さい、流線型をした、魔力の走行で形作られる鎧。それに伴い、左肩甲骨のあたりにも、翼型の装甲が生じる。
「決闘は出来ないわ体は動かないわで散々だったけどな。この一ヶ月、俺もただ遊んで過ごしてたわけじゃぁないんだよ、これが」
バルサだけではない。
この日の決闘のために、俺も新たな魔法を習得していたのだ。
吸魔装腕──外素魔力を自動的に取り込み、適宜に体外へ排出する機能を備えた魔力鎧。この魔法が完成しなければ、とてもではないが進化を扱いこなすのは不可能であった。
そして気がついたのだ。
別にこの腕は、進化の為に使う必要もないと。
「名付けて『強化』。決闘じゃ本日が初披露目だ」
「俺を実験台にするつもりか──っ」
「どうとでも受け取りな!」
怒りを露わにするバルサに言葉を投げ返しながら、左手甲の魔素吸引口を高回転させる。甲高い音を響かせながら体内に魔力が循環。収まり切らなかった余剰魔力が背中の翼から噴出。その勢いは俺の体を一気に加速させる。
「飛翔加速ッッ」
瞬時に間合いを詰めた俺は、吸魔装腕と新たに投影した右手の手甲でバルサに乱打を仕掛ける。俺の加速そのものは既に理解が及んでおり、バルサは両腕を構え即座に防御の体勢を取っていた。この辺りはさすがの反応速度だ。
先手を取り左右の拳を連続で叩きつけるも、岩壁よりも遥かに強固な籠手は表面が削れるだけで揺るがない。
「見掛け倒しだな、その程度はっ」
ズバンッ!
縦に並べて構えていた腕部の側面から、勢いよく棘が伸びる。元が土塊であるだけに、ある程度は形状変化もできるらしい。回転突起ほどの威力はなかったが俺を弾く十分すぎる威力があった。
「擦り潰すっ!」
物騒な台詞を口にしながら、大地隆起に乗って間合いを詰めたバルサが、高回転する突起の付いた拳を叩き込んでくる。だが。
「もういっちょ飛翔加速っ」
再び背中の翼を噴かし、回転突起が届く前に離脱。更に、途中で軌道を大きく変えて、バルサの背後を取る。
「背中頂き!」
「甘いわっ!」
バルサの体が追いつかなくとも、魔法で反応する。体が向き切る前に大地隆起で俺の突入進路を塞いだ。完全に防げずとも、破壊する間を稼ぐためだ。
「更に飛翔加速ッッ」
「んなぁっ!?」
更に翼から魔力を解放し、足の踏み切りも利用し軌道変換する。ここまでのとんでも挙動にいよいよバルサも目を剥いた。
あからさまな動揺が浮き上がった。ここで一気に畳み掛ける!
「魔力機関銃ッ」
構えた吸魔装腕の下部から、小型の銃身が展開。左腕鎧の内部で圧縮された魔力を連射する。進化で使っていた重魔力機関砲よりも威力は劣っているが、圧倒的物量を撃ち出す点は変わりない。
「このっ……ちょこざいなっ!」
バルサは苛立ちを吐き出しつつも、再び防御の構えをとる。物量があろうとも頑強な削岩槌腕であればどれほど撃ち込まれても表面が軽く削られるだけだ。
けど、俺の狙いはとにかく、バルサの足止めができれば良かった。
俺は魔力弾を撃ち続けながら、吸魔装腕の吸引口を加速させ一気に魔力を取り込んでいく。体に収まり切らない魔力が翼から派手に吹き出すがまだ足りない。足に投影した防壁を地面に埋め込み、強引に踏み止まる。
そして──。
「いくぞバルサッ! 尋常に、真っ向勝負だ!!」
制御できる限界ギリギリまで魔力を翼から吐き出し、俺の体が超加速する。一瞬に限れば、飛天加速や極一点突破を上回る速度を叩き出す。
「舐めるなよ、このくそ平民がっ! 削岩剛撃ッッ!!」
魔力機関銃を防ぎ切ったバルサは、俺が正面から来ると読んでいたのだろう。激しい怒気を発しながら左腕の魔法を解除。代わりに右腕の削岩槌腕が一回り強化し、打撃部の突起も三つから巨大な一つに変じていた。
俺とバルサ、互いの拳に展開した魔法が派手に激突。盛大な衝撃音と共に魔力が燐光となって散る。ぶつかり合った瞬間、肩の関節が外れそうになるほどの反動にむせ返りそうになったほどである。
「やはり見掛け倒しだな! その魔法、派手ではあるが俺の魔法を砕くほどじゃない!」
額に汗を流しながらも、バルサの口元は会心の笑みが浮かんでいた。おそらく、削岩剛撃は切り札なのだろう。言う通り、今の俺ではこの魔法を正面から突破するには威力が足りなすぎる。
「──そんなの、百も承知だっ!」
拮抗したのは最初の数秒ほど。そこから徐々にバルサの体が後方へと押し出され始める。
「──っ、貴様まさか!?」
こちらの意図に気がついたバルサは慌てて踏みとどまろうとするも、一度勢いがつけばもう止めようがない。俺は魔力翼の耐久限界まで推力を絞り出し、バルサを押し出す。
「ぶっ飛びやがれぇっ!!」
最後に腕を振り抜けば、勢いを殺しきれなかったバルサはそのまま吹き飛び、結界──つまりは決闘場の場外へと叩き出された。
「そこまで! 場外により、勝者リース・ローヴィスとする!」
立会人の宣言をへて、この決闘は終幕した。
『強化』の元ネタは間違いなく、『輝けぇ』さんの第二形態。あれを第一形態くらいに細身で左腕にした感じ。
翼部を回転翼にしなかった私の自制心を誰か褒めてくれ。