第百九十九話 限界進化!!
「重魔力機関砲──ッッ!?」
「軽いんだよ、そいつはなぁっ!!」
リースが放つ魔力砲の弾幕を、アルフィが水の膜を纏いながら突き進む。テリアほどに練達した水流ではなく、全てを受け流すのは不可能。けれども格段に直撃弾を減らしながら間合いを詰める。いつもは自身の常套手段である強行突破をアルフィが真似した形に、意表をつかれたリースの判断が僅かに遅れる。
「だったらっ」
いよいよ目と鼻の先というところで、リースの右腕──魔力の砲身となっていた鎧が変形する。回転砲塔が開き中央から野太い銃口が顕になる。受け流せないほどの大出力広範囲の一撃を繰り出そうと、
「拡散──」
「遅いっ!!」
連射力から威力と範囲に切り替えた右腕から、逆円錐状に圧縮魔力が解き放たれる。しかしそれよりも早く、風を纏ったアルフィが斜め上方向へと跳躍しリースの上を取った。
「マジ──がぁっっ!?」
反射的に振り向いたリースに、落下の勢いも乗ったアルフィの蹴りが刺さる。急所を強打され、いかに頑丈自慢のリースとて万全には耐えきれず意識が明滅する。
千載一遇の好機に、着地したアルフィは即座に魔法を投影して撃ち込もうとする。が、九割近く出来上がった魔法陣が突如として霧散し、口元を抑えながら大きくよろめく。舌打ちを交えながら手を見やれば、大量の血がこびり着いていた。
「くそっ、こんな時に──」
「ぼーっとしてんじゃねぇぞ!」
正気を立て直す前に、お返しとばかりにリースの蹴りがアルフィの腹部へと突き刺さる。弾き飛ばされるアルフィであったが、リースが追い打ちを掛けることはなかった。できなかった。
「あーもう、腕が重ぇっ!」
今の一撃、蹴りではなく右腕を叩き込んでいればその時点で試合は終わっていた。出来なかったのは、腕を持ち上げる体力も底を付いていたからだ。
ただでさえ準決勝での消耗していたのだ。多少の休憩時間で回復し切るはずもなく。そこへ習得したばかりの進化で、初っ端から全開で戦っていたのだ。己の自重を支えるのも限界に近く、油断をすると両足が崩れそうになっていた。
悲鳴を上げながらもガクつく膝に喝を入れ、どうにか踏ん張るリース。そうしている間に、ふらつきながらもアルフィが立ち上がった。
こちらも腹部への強打以上に、ハンマーで殴られているかのような頭痛に苛まれていた。励起召喚の絶え間ない使用に、鼻腔からの出血も起こっている。魔法の投影に必要な集中力が乱れ、前後不覚が襲いかかってくる。
誰がどう見ても、二人は限界をとうに超えていた。
それでも、二人の目だけは。お互いを見据える瞳だけはギラギラと光を宿していた。
「こいつにだけは負けたくない」という意思が、肉体を突き動かす。
もはや言葉を紡ぐ余力すら残されていない。
両者共に、無言で視線が絡み合う。
──ただそれだけで十分であった。
リースの右翼が背中から外れ、剛腕手甲と合体。形を変えて身の丈近くもある巨大な砲塔へと変わる。
アルフィは半励起状態であった四属性の魔法を一つに融合。巨大な一つの魔法陣へと変じる。
どちらもあらかじめその形を想像していたわけではない。この瞬間に至るまでに積み重ねたあらゆる経験を総動員し、直感的に魔法を組み上げる。
皆が言葉を失い、息することさえ忘れて去っていた。
これで全てが終わると、分かっていたからだ。
「──ッ、良いでしょう。存分におやりなさい!!」
リースとアルフィの覚悟を目の当たりにした学校長も腹を括った。決闘場を覆う結界にさらに魔力を注ぎ込み、可能な限り強度を高める。戦っている二人が心置きなく、全力を発揮できるように。魔法使いとして、教師として、この戦いを最後まで完遂させる為に。
「超重魔力砲ッッッッ!」
「四元素砲ッッッ!!」
無属性と四属性。
始まりは対極。けれども行き着いた結論は等しく。
属性が溶け合い混ざり合った無秩序な魔力の奔流が解き放たれ、激突する。
拮抗したのは一瞬のみ。
相手の放射を押し除け突き進むのは──アルフィの魔法であった。
「勝った」とアルフィは無意識に口角を釣り上げた。
己の放つ魔力の奔流が徐々にリースに迫る中で、この大舞台で宿敵に勝てたのだと。
けれどもその確信は、同じく口角を釣り上げていたリースの顔を見て過ちだと気が付く。
「悪ぃ、少しだけ小細工させてもらった」
後僅かで届くという所で、アルフィの放つ魔力の進行が止まる。眼前でぶつかり合う魔力のぶつかり合いに向けて、リースは左腕を──魔力を取り込む吸魔装腕をかざした。
決勝戦が始まって少しの時点で、リースは気はついていた。
──純粋なぶつかり合いでは、おそらくアルフィに魔力負けする。進化中は理論上、魔力の消費は無制限に近いが、己の周囲にある魔力の量に依存する性質上、一度に使える魔力の量には限界がある。対して精神的な限界さえ考慮しなければアルフィの魔力は底が見えない。
だがこの戦いの最後は、必ず魔力の撃ち合いになるともわかっていた。この辺りは理屈ではない。長年やり合ってきた仲だ。きっとそうなる。
そして、超重魔力砲を撃つ寸前で、リースは救護室での会話を思い出した。
大賢者が口にした『循環』という言葉。
空気中に解き放たれた魔力を取り込み、使用した後もまた取り込む。この巡りが、進化という魔法であると。
であるならば。
「手前の魔力でなくてもイケるって事だよなっ、大賢者!」
手甲部分の吸引口が大きく開くと、己とアルフィの魔法の衝突で空気中に散った魔力を取り込んでいく。魔法そのものは無理であるが、効果を発揮し終え使い手の制御を離れた無為な魔力であればなんら問題はない。
リースの左翼から、決闘場の半分を覆うほどの銀光が迸る。僅かほど前まではアルフィの放った膨大な魔力が、今はリースの物へと変じたのだ。
最初に放った魔力砲の出力は、全開の四分の一程度だった。あえて押し負け、より近い位置での拮抗を生み出す。アルフィの魔力をなるべく間近で取り込むための布石だ。
「くそっ──このっっ……リィィィィィィスゥゥゥゥゥゥッッッッッ!」
状況を正しく理解したアルフィは、過負荷で鼻から出血しながら絶叫する。腑が煮えくり変えるとはまさにこの事であった。
「お前の魔力、全部まとめてお返しするぜ……アルフィィィッッッ!」
これが最後の魔法だ。
リースは心が赴くままに吠え猛る。
「超重魔力砲・限界進化ォ!!」
左翼からの噴射が収まると次の瞬間、右腕の銃身が拡張しより巨大な魔力の光が解き放たれた。相対する魔力の光を瞬く間に飲み込むと、そのままアルフィの体を包んだ。
魔力の放射が止んだのを見計らい、学校長は息を切らせながらも夢幻の結界を解除した。
どさりと、アルフィは前のめりに倒れる。
リースはあわや倒れそうという所で踏み止まる。
押せば力尽きそうなほどでありながらも、揺るがぬ意志を持って右腕を高らかに掲げた。
それを見届けた学校長は、高らかに宣言した。
「勝者、リース・ローヴィス!!!!」
【超重魔力砲・限界進化】は、リースの身の丈近くある二又の超電磁砲なイメージ。
アルフィの【四元素砲】は、1から組み上げると時間がかかるところを励起召喚で投影時間を大幅に短縮した形です。
 





