第百九十八話 決勝戦!
休憩時間を終えて、ついに校内戦は最終戦を迎えようとしていた。
開始数分前から会場内の興奮は高まる一方であった。
校内戦が始まるずっと以前。入学式を経て、『決闘』が始まってしばらくしてからずっと、皆が抱いてきた疑問の解がようやく明かされようとしていたからだ。
すなわち。学年主席である防御魔法の使い手と、未来の英雄と目される四属性の使い手。果たしてどちらが強いのか。魔法使いとしての高みに立っているのか。
既に決闘場の上にはリースとアルフィが向かい合い佇んでいた。
彼らが同じ出身の幼馴染であり、親友なのは周知の事実。同時に、互いが認める宿敵であることも知れ渡っていた。
やがて、立会人の教師が姿を現す。
誰しもの予想に違わず、決勝を取り仕切るのは学校長であった。彼は徐に手を挙げると、喧騒が徐々に静まっていく。
「長かった校内戦もこれで終わりとなります。参加した者にも、そうで無かった者にとっても非常に実りがある機会であったと、私は確信しています」
熱気は保ちながら静寂となった会場内に向けて、魔法で拡声された学校長の言葉が響く。
「一つ、皆さんにお願いがあります。これより始まる全てを、一瞬一秒たりとも決して目を離さぬように」
学校長が告げると、決闘場を結界が覆い始める。加えて、彼が両手を広げると結界の外にもう一つの幕が生じた。
「もう私の合図は必要ありませんね。二人とも、お願いします」
学校長が声を投げ掛ければ、壇上に立つ二人が思い思いの構えを取る。
リースは具現化した魔力の三枚翼を掴み取り、アルフィは四属性の投影を開始する。
「いくぞリース」
「こいよアルフィ」
両者共に、心底愉快げな笑みを浮かべ、言葉を重ねた。
「「いざ尋常に──勝負だ!!」」
開始直後にリースは進化を。アルフィは励起召喚を発動。結界の内側では爆発的に魔力が暴れ回った。
吠え猛りながらリースが背中の翼から魔力を吹き出し、加速する。その動きにほぼ同期するように、半投影された魔法陣から四属性が吹き乱れる。リースは飛翔しながらも反射の足場を使って軌道を変えて回避を交えながら肉薄。アルフィは手振りを交えながら絶えず照準を合わせていく。
「ぬらぁぁっ!」
「甘いっ!!」
全ての魔法を避け切ることは出来ず、それでもリースはいくつも被弾しながら強引に間合いを詰める。一撃必殺の拳を振るうが、直後にアルフィの足元が隆起し魔力鎧の腕を跳ね上げた。
打撃の軌道が大きくずれ直撃は避ける。しかし、完全に逸らすには至らず左肩を掠める。
「ぐぅぅっ!?」
「がぁっ!?」
それだけでアルフィの身体が面白いように弾き飛ばされ地面を転がるも、ただやられているだけでは済まない。拳が掠める寸前に火球を投影。拳を振るった格好でろくに防ぐこともできず、リースもまともに攻撃を受けて地面を転がった。
決勝開始から十秒足らずの攻防に、誰もが息を呑んでいた。
観客席の生徒たちは、学校長が開始直前に告げた言葉の意味を真に理解した。
リースもアルフィも、様子見や牽制、後のことなど最初から頭にない。
どちらも最大の手札を切った上での、真っ向勝負だ。
「まだ行けるよなぁ!」
「そいつぁこっちの台詞だ!」
果たしてどちらが叫んだ言葉なのか。どちらが返した言葉なのか。
分かっているのは、二人の闘志が高まり続けている事だけだ。
直前に行われた準決勝第二試合は、選手両者が決闘場を縦横無尽に駆け巡るような戦いであった。
しかし、決勝で行われているのは似て非なる展開。リースもアルフィも激しい動きを交えているが、これは回避と防御を最小限に留めた魔法でのどつき合い。準決勝までの戦いがお上品にさえ思える、魔法使いによる喧嘩さながらの激しい応酬に、決闘場を覆っている結界がビリビリと震えていた。
「実に──実に素晴らしい。このような戦い、ジーニアスでは未だかつて行われたことはありませんでした。長生きはしてみるものです」
この展開を予めリースから聞かされていた学校長は、万が一にでも結界が崩壊しないように現在進行形で結界を制御し補強を行っていた。額に汗を滲ませながらも、教え子二人の戦いぶりを目の当たりにする彼は目を爛々と輝かせている。
「新しい魔法はモノにしたようですね。栄えあるジーニアス魔法学校の主席としては、些か野蛮ではありますが──今日のところは良しとしましょう」
教員席に座るヒュリアは、険しいセリフを呟きながら眼鏡をクイと持ち上げる。ただ、その口元がどことなく綻んでいる姿は、純粋に教え子の成長を喜ぶ教師に他ならなかった。思うところはあろうとも、自らが与えた些細な切っ掛けが、生徒の歩みを後押しできた事実を嬉しく感じていた。
「あの小僧め……後でどうなってもしらねぇぞ」
対して近くに座るゼストは、幾重にも魔法を投影するアルフィに肝を冷やしていた。励起召喚は彼の教えをもとに考案された魔法だ。それだけに副作用も十分に把握していた。現段階では連続使用はもって数十秒程度だと言うのに、そんなことはお構いなしだ。
カディナとラピスは二人の戦いを一瞬たりとも見逃さんとしていた。あの舞台に立てなかった悔しさを噛み締めながらも、それ以上の熱が胸中に渦巻くのを感じている。次こそは負けてなるものかと、必ず追いついてみせるという決意が強まっていくのを感じていた。二人と一緒にいるミュリエルも、普段であれば興奮しているはずのところを黙って試合を見据えている。声を発する余地すら惜しみ、決勝戦を見据えていた。その心の片隅に、校内戦に出なかったことへの後悔を滲ませながら。
そして──。
「ほっほっほ。未熟も未熟。どちらもまだまだ甘い。じゃが、嫌いではないぞ。この荒削りで意地っ張りのぶつかり合い。実に結構じゃて」
一人、貴賓室で観戦する大賢者は、愉快げに言葉を連ねる。
「そうじゃ。笑いたいやつには笑わせておけ。他者の嫉妬など放っておけ。常識や通説なんぞ捨ておけ捨ておけ」
観客席にいる生徒たちの誰一人として、もはやリースを笑うものなどいない。無属性で防御魔法しか扱えないはずの劣等魔法使いは、間違いなく学年最強であると誰もが認めていた。
そしてアルフィにくだらぬ嫉妬を抱くものもやはりいない。四属性という、魔法使いにとって最も希少で優れた才能を有しながら、己に厳しくある姿は羨望であり目標となっていた。
「存分に競い合えよ、魔法使いども。己の我儘と誇りのままに、探究し追い求めて掴んでみせろ。己だけの魔法を」
大賢者が心底愉快げに呟いている中で、試合は終盤に移ろっていた。




