第百九十七話 やる気はあるらしい
「進化か。よくあんな出鱈目な魔法を思いつくもんだよ」
「出鱈目具合で言うならお前も負けてはないだろ──」
こうして近くで見てみると、ようやくアルフィが妙な事に気が付く。
「──って、アルフィ、自分の顔、鏡で見たか? 真っ青だぞ」
血色が失せた顔をしており、呼吸も落ち着きがない。明らかにまともな状態ではなかった。
アルフィは大きく深呼吸をしてから、目元を引き攣らせて頭を抑えた。
「実は現在進行形で頭痛がしてるし、かなり気持ち悪いし。ここにくる前に、トイレで昼食分を全部もどして少し楽になったけどな」
「お前も一杯一杯じゃねぇかっ」
アルフィの不調については、心当たりは一つしかない。
「あの新しい魔法のせいか」
「励起召喚だ。お察しの通り、魔法の投影速度を上げる魔法だよ。あれ使うと強烈に頭が痛くなってくる」
「隠すつもりはないってか」
「初見ならともかく、一度見られた時点でお前相手に隠しても意味ないだろ。学年主席の頭脳を舐めちゃいないさ」
多数の属性をあえて中途半端な投影のまま維持し続けるのだ。魔力の消費も当然だが、頭への負担が相当なものだろう。ただでさえ別属性の同時投影はただでさえ難しいとアルフィから聞いている。
「人のこと言えるような状態じゃないのは承知の上で言うが、無茶苦茶しやがる」
「これでも最初の頃よりは多少なりともマシにはなった。最初の一回や二回の時は鼻血まで出て、しばらく意識が朦朧としてたからな」
こうして喋れるのがまだマシな方か。
俺は体力が限界に近いが、対してアルフィは精神力が限界といったところ。妙な言い方ではあるが、これはこれで条件は対等なのかもしれない。
「限界は近いが、互いにやる気はあるわけだ」
「舞台が整ってるんだ。当たり前だろ」
俺の言葉にアルフィが当然とばかりに答えた。
ジーニアスに入学してからと、アルフィと戯れ合うように拳や魔法を打ち合いはしていたが、面と向かって本気で戦うことはこれまで無かった。故郷の村に住んでいた頃はしょっちゅうやり合っていたというのに。
でもそれは準備期間のようなものだ。
ジーニアスという新たな環境に身を置き、これまで無かった学びを得て高めあった末で、改めて本気でぶつかりたいと、言葉なくとも俺たちは決めていたのだ。
校内戦はまさにうってつけの機会であった。
調子がどうあろうとも、ここまで来て躊躇う理由は無い。ガキの頃からの付き合いだ。この辺りはもう、口にするまでも無かった。わざわざ顔をあわせる必要すらない。
であれば、アルフィがここに来たのはおそらく別の理由だ。
「なぁリース。一つ提案がある」
ほら来た。
「お互いに絶好調とは正反対。でも、やる気は最高潮ときてる。だから──」
その内容に、俺は最初は目を見開き、そして笑ってしまった。さすがはアルフィだ。伊達に俺の幼馴染をしてはいない。普段は真面目だが、ここぞという時は面白いことをしてくれる。
「最高だぜアルフィ。面白いじゃねぇか。良いぜ、乗ったよ」
「よぉぉし、なら決まりだ」
小気味よく、アルフィは手の平と拳を打ち鳴らした。気合いは十分ってところだ。
「あとは学校長に話を通すだけだな。言わずにやらかしたら、流石に後が怖い」
確かに。相談なしにやったらあの温厚な学校長もキレそうだしな。
なんてことを考えていたところで、またまた部屋の扉が開かれた。
やけに人が訪ねてくるなと思っていると。
「私のことをお探しでしたかな?」
「「学校長!?」」
「私が来たのがそんなに意外でしたか?」
『噂をすれば影』とは聞いたことがあったが、俺とアルフィは揃って驚いた。
「三位決定戦が先ほど終わりましたのでね。決勝戦に進出した生徒に労いの言葉を掛けようと思うのは自然でしょうに。純粋にあの戦いの消耗が心配だったというのもありましたが、アルフィくんまで一緒だったのは予想していませんでしたよ」
学校長は俺とアルフィを交互に見やると、顎に手を当てた。
「どちらも見るからに体調は悪そうなのに、決勝を行う意思は双方ともにあると受け取って良さそうですね」
俺の方はともかくとして、ぱっと見は普通であるアルフィの状態まで見抜いたようだ。この辺りは学校長たる所以だな。
「止めはしないんですね」
「教師としては些か誉められないかもしれませんが、魔法使いとしては君達の本気の戦いというものに興味がありましてね。後学の為に、是非とも拝んでおきたい」
学校長は口元を手で隠しながらクスクスと笑った。
この人、たまにヤバい雰囲気で笑いだすんだよな。今も手で覆い切れていない部分がえらく釣り上がっている。ミュリエルの師匠らしいのだが、師弟とはかくもこう似るものなのか。
ということは、俺も実は婆さんと似通っている部分があるのか。
「……実はそのことでお願いがあったんです。さすがに学校長に協力してもらわないと、ちょっとやばそうなんですが」
「いつもはリースくんから言いそうなことをアルフィくんが口にする。……なんだか不思議な気分ですね」
何気に酷いことを言われている気がする。アルフィの方もなんとも言えない顔になっていた。
──アルフィの話を聞いて、学校長は顎に手を当てた。
「なるほど確かに。アルフィくんの提案は私の協力がないと難しいですね。……事後承諾でされていたら、強制介入して試合を無効にせざるを得ませんでしたよ」
「じゃぁ」
「ええ。協力しましょう」
──校内戦の終幕が間近に迫っていた。