第百九十六話 休憩時間
校内戦決勝戦を前にして三位決定戦が行われるのだが、その前に公平を喫するために三十分の休憩時間が挟まる。すぐさま開始すると、体力的にも魔力的にも直前まで戦っていた生徒にとってはあまりにも不利だからだ。
最初は軽く見ていたこの休憩であったが、今にして思えば非常にありがたいものであった。
「調子はどうじゃ」
「見ての通りだよ」
選手の控え室にやってきた大賢者の前で、俺は備え付けてあるベッドで横になっていた。元は緊急用の救護室であり、婆さんが来るまでは治療に心得のある教員やゼスト先生がいた。
「あの進化という魔法。習得からの期間から考えりゃぁ仕上がり具合は上出来じゃったが、調整が必要じゃのぅ。使うたびにこれじゃぁな」
「んなこたぁ使う前から分かってたんだよ」
勝敗を決してからカディナと話し、彼女が去ってから俺も退場するまでは我慢できた。が、救護室にたどり着いた時点で限界を迎えた。部屋に入るなり膝を崩し、這うようにしてどうにかベッドによじ登り身を横たえた次第だ。
「ともあれ、弟子の成長が順調で儂は嬉しいぞい」
「婆さんの期待には答えられたと捉えていいのかい?」
合宿で婆さんから課せられた縛りあったからこそ、進化に至るきっかけを得ることができた。それはつまり婆さんからの『課題』に他ならなかった。
「ああ。魔力を体内と体外で『循環』させる構造。我が弟子ながら実に見事じゃったわい」
「循環?」
「──っておい、そこには気付いておらんかったんかい」
感心を見せていたと思ったら、今度は呆れ顔だ。齢百を超えているというのに、コロコロと表情の変わる幼女だことで。
「己が用いて空気中に散った外素を吸収してまた内素として循環させる。そうした観点から見れば、超化とは違って進化はお前さんの特性を正当に進化させた魔法とも言えるな」
「あーなるほど」
空気中にある様々な属性が混ざり合った外素を、体内に取り込んで即座に魔力として扱える魔力の瞬間回復能力。普段はあまり気にしてこなかったが、すんなりと納得できた。
「……じゃが、ここで終わりと思っておったら大間違いじゃぞ」
「魔法使いの道に終わりはない……だろ?」
「うむ。心得ているようで大変に結構じゃ」
婆さんが言っていた通り、進化はまだまだ未調整だ。実戦で使った上で気がついた点も多く、さらなる改良が必要となってくる。そしておそらくではあるが、すでに婆さんの中では進化の更にその先を予見しているはずだ。
今の俺には皆目見当もつかず、そいつを編み出すのは明日以降の俺に任せるとしよう。
まだやらなければならないことが目下に迫っているのだ。
「──んで、決勝はどうするんじゃ」
「もちろん出るに決まってんだろ」
「その体たらくでか?」
「出るっつったら出るんだよ」
婆さんのしつこい問いかけに、俺は投げやりに答えた。この質問は、婆さんが来る前に俺の調子を確かめにきたゼスト先生たちにも聞かれた。
「自分の状態を分析できるようには仕込んだはずじゃがなぁ。あれだけ派手にやったのじゃ。ここで棄権したところで誰もお前を責めやせんぞ」
「うるせぇなぁ。褒めにきたのか小言を言いにきたのかどっちかにしろ」
「両方じゃよ。持たせた丸薬も飲むつもりもないんじゃろ?」
黄泉の森で取れる希少材料を調合して作った特製の薬だ。悶絶するほどすこぶる苦いという欠点はあれど、服用すると疲弊し切った肉体も魔力を全快近くまで一気に回復できる代物だ。苦い以外でも連続服用は効果が非常に薄く、一度使用したらある程度の期間を置く必要があるという欠点もあり、緊急用の強壮剤みたいなものだ。
「あれを使ったらいくらなんでも反則だろ。試合に出てた奴らは全員、同じ条件で戦ってたんだし」
「お前さんならそう答えるとは思っておったがな。いや、どれだけ言ったところで聞かないのは分かりきっておったよ」
「だったらなんで聞いたんだよ」
「一応、形だけでも確認せにゃ、師匠としての立場がないのでな」
婆さんも、その前のゼスト先生たちも、俺を気遣ってのこととは分かりつつも、これだけは譲れなかった。
「ディストの作った結界に感謝するんじゃな。でなけりゃぁ、気絶させてでも止めとるところじゃが、体力の消費だけだしな。あと一戦くらいは無茶できるじゃろう」
婆さんは扉の方に目を向けてほくそ笑むと、ベッドの側から離れる。
「もう行くのか」
「儂が話をしていたところで回復するもんでもないじゃろ。儂は貴賓席で高みの見物をさせてもらう」
「良いご身分なことで」
「何を隠そう、『大賢者』じゃからな」
憎たらしいほどに自信に満ち溢れていながらも、これほど名乗りが似合う人物というのもそうはいないだろう。まさしく俺が目標とする最高の魔法使いだ。
「やるなら悔いのないように徹底的にな。健闘を祈る」
大賢者は救護室を出て行った。あれも一応、婆さんなりの激励だったのだろう。
そこから一分も立たぬ内に、またもや扉が開かれた。
てっきりまた教師の誰かと思っていたのだが、やってきたのはまさかのアルフィだ。婆さんが最後に見せた表情の意味はこれだったらしい。
「調子はどうだ、リース」
「見ての通りだよ。お前も試合は観戦してたんだろうに」
「まぁな。見ているこっちがハラハラしたぞ」
「お互いにな」
ベッドのそばまで来たアルフィと一緒になって笑ってしまった。




