百九十四話 準決勝第二試合──決着
校内戦に向けての期間。リースとの交流や、ミュリエルとの秘密の会合を経る最中で、カディナは改めて己を見つめ直していた。
果たして自身はどのような魔法使いであろうとしているのか。
己の根幹は果たしてどこにあるのか。
ウェリアス先生から兄カイルスの学生時代を聞いてから、ストンと胸の内に落ちるものがあった。どうして自分がこの瞬間まで徹底的にリースとの決闘を避けてきたのかがようやく分かった。
(私は魔法を使うのが好きなんじゃ無い。魔法を使って相手に勝利するのが好きなんだわ)
──カディナは、自身が思っている以上に負けず嫌いだったのだ。
これまで気がつかなかったのはきっと、ジーニアスに入学する以前では、同世代でカディナと張り合える者がいなかったから。負けず嫌いを自覚する以前に、勝利するのが当たり前の環境に身を置いてしまったからだろう、
己の気質に無自覚であったからこそ、リースに決闘を挑まない己自身にも強い苛立ちを募らせていた。
負けるのが怖かったのではない。何がなんでも勝ちたかったからこそ、安易に勝負を挑まなかった。
事実、超化の弱点に思い至ってからというもの、ミュリエルと作戦を練っている間はジーニアスに入学してから最もモチベーションが充実していた。
もしかしたらアルファイア家の人間というのは、皆が似たり寄ったりの気質を有しているのかもしれない。勝負に対しては非情であり、使える手段はなんでも使い徹底的に勝ちを狙っていく。そうした姿勢がアルファイア家の武功を支える一端あったのだ。
そう考えた時、失礼だがウェリアスは少しだけカイルスへの評価を少し間違っていたのかもしれないと思った。
兄は常在戦場の心構えを持っていたのではない。ただ単に負けるのが嫌だったから、相手の弱みを容赦無く突いて勝ちに拘ったのだ。
故に、魔法使いとして純粋に己の魔法を探究し研鑽を重ね、無邪気に楽しむリースの姿に羨望を抱いた。己もかつては彼と同じであったのだと。きっと、魔法使いとしての最もあるべき姿とはあの男のような存在なのだと。
だが、今はもう違う。
己が魔法を磨くのは、どこまで行っても相手を打ち倒すため。
アルファイア家の魔法使いとして、カディナ・アルファイアとして貪欲に勝利を求めるため。
だからこそ──。
「勝たせてもらうわよ──リース・ローヴィスッッ!」
「そのセリフはまだ早いぜ、カディナァッ!」
ここに至ってもはや出し惜しみなど無意味。自身を奮い立たせるためにカディナは強く叫んだ。リースが進化を使用してからの逃げの姿勢から一転し、間合いを詰めての接近戦に移行する。
すでにカディナの魔力も体力も残り僅か。集中力も切れかけているのも自覚している。しかし、リースのそれらも同じく限界に近い。であれば、下手に長引かせるよりかは、攻撃を誘発し体力の消費を加速させたほうが早い。
進化を経て体力の消費を誘発し、限界を先に迎えさせること──これこそがカディナの作戦だった。そのための演技であり、そのための挑発。全てが全て、この消耗戦に持ち込むため。
(お兄様との消耗具合の様子から見て、あともう少しでローヴィスは体力を使い切る! 私もギリギリだけれど、どうにか!)
至近距離で振るわれる拳の圧にもはや恐れはない。疲弊に反して高揚が心身を駆け巡っている。今のカディナであれば、リースの動きに従前に対応できる自信があった。
きっと同じ手は二度と使えないだろう。
進化に弱点があろうとも、リースは必ずそれを克服する。克服するまでの間でも、相応の戦い方を編み出すはずだ。カディナの作戦は、進化に不慣れの一時的な隙を突いたに過ぎない。
(構わない! 今この瞬間に、目の前にいる強い魔法使いに勝てるのであれば!!)
ズドンッッ!
「──────ッッッ!!」
リースの拳を掻い潜り、無防備な腹部へとカディナの魔法が直撃する。声にならない呻きを吐き出しながらその体が決闘場の端まで勢いよく弾き飛ばされる。
リースの油断かカディナの内なる気迫か、もしくは単なる偶然の産物であるのか。その全てが重なったのか。どのような形であろうとも、これが千載一遇の好機であることに違いはなかった。
──これで残った体力を削り切る!
姿勢制御に使っている風鎧以外の制御を全て費やし、カディナは人生でも稀に見るほどの速度で魔法を投影する。
今の彼女が投影できる、最速かつ最大威力を誇る風属性上級魔法。
小規模な嵐を圧縮して生み出した巨大な槍がカディナの側面に現れる。漏れ出る風が刃となり、使い手たるカディナをも傷つけるほどだ。しかし、今の彼女に痛みを感じる余地はない。ただ、目の前にある勝利を掴むという執念に比べれば些細以下だ。
矛先は寸分違わず、決闘場の端で立ち上がったリース。
──ギィィィィィィィィィィンッッッッ!!
風の大槍から発生する激しい風の音を切り裂くように、甲高い音が木霊した。
音の出元は──リースの左腕。吸魔装腕の手甲にある魔力吸引口。
回転翼がこれまでにないほどの速度で回り、外素魔力を取り込んでいく。
しかし、魔力の吸引に反して、左翼の排出口から漏れ出る銀の光はほんのわずか。
──この差異に、カディナの危機感が警鐘を鳴らす。
魔力の排出を抑え込んだということはつまり、リースの中ではこれまでにないほどの魔力が蓄えられているということ。それが意味するところは。
「だとしてもっっ、これで終わりよ!! 暴嵐大槍ッッッ!!」」
カディナは叫びながら、全身全霊の魔法を解き放つ。大槍の形をした暴風が決闘場の大気を巻き込み、荒ぶりながら突き進む。
命中すれば、いかにリースとて耐え切れるものではない。要塞防壁を展開しようとも、間違いなく場外へ押し出される。
そして──リースは限界以上に蓄積した魔力を解き放つ。
「極一点突破・双翼!!」
右腕の剛腕手甲が一回り以上に巨大化し、背中の両翼から、莫大な量の魔力が瞬間的に解放。反発力で決闘場の地面が粉砕されるほどの超加速でリースの体が飛翔する。
「負けるかぁぁぁぁぁっっっ!!」
「いぃっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!」
カディナの暴嵐大槍とリースの巨大化した剛腕手甲が空中で衝突。
一秒かあるいは一瞬か、それ以上か。
拮抗を経て、突き抜けたのはリースの拳であった。
「あ────……」
己の最大の手札が打ち破られたカディナが呆然となる。
彼女は見ていた。
拳を翳しながら超速で迫るリースの顔を。
どこまでも目を輝かせて己に向かってくるその笑顔を。
この瞬間を存分に楽しむ魔法使いを。
(やはり、気に入りませんね)
苛立ちを内心に溢しながらも、カディナは口角を緩めたのだった。
 





