第百九十二話 作戦会議のようです
右翼から豪快に魔力を吹き出しながら、リースが急接近してくる。その迫力たるや、上級魔法がそのまま人の形状をして向かってくるようなもの。直撃すれば確実に戦闘不能、掠っただけでも大惨事は必至。
カディナは右手を振い、放った風属性魔法の風圧で離脱。直前まで己がいた空間をリースが勢いよく通過。そして彼女は、己の『感覚』を信じてもう一度風圧で別方向に軌道を変換する。その直感はまさに正しく、既に方向転換を終えていたリースの追撃がまたもや通過した。
先ほどまでは宙を軽やかに舞うカディナに翻弄されるリースという図であったのに、今はその逆だ。猛然と攻め立てるリースから、どうにか逃げ延びるカディナという光景に変じていた。
超化の弱点であった『弾数』の制限から解放された進化によって、リースの進撃はいよいよ手がつけられなくなっていた。攻撃後の隙がほとんどなくなっただけではない。カディナの大きな優位性であった自在な空中機動もリースに迫られている。
誰の目から見ても、戦いの優勢がどちらにあるかは明らかであった。この試合の趨勢は決まったのだと、多くのものは感じていた。
ただ、そんな中であっても、一人だけ内心でほくそ笑む者がいた。
(ここまでは想定通り──ッッ)
カディナは焦りを抱きつつも、芯の部分では冷静を維持していた。
なぜならば、リースが必ずこの校内戦にまで新たなる魔法を仕上げてくることを、カディナは確信していたからだ。
体内に溜まった内素をそのまま外部に垂れ流すという結論までには辿り着けなかった。これには、作戦を練るために協力してくれたミュリエルも予想外だったはずだ。だが、克服の方法は分からずとも、克服した場合の対策であれば事前に組み立てる事ができる。回数制限を克服した場合に至る状況も推測できたのだ。
大前提として、カディナが勝利を得るためにはリースにこの克服状態──進化を使わせる事が必要だったのである。
──校内戦が開催される少し前。
既にトーナメント表は張り出されており、どこもかしこも盛り上がりを見せている中で、カディナはミュリエルの研究室を訪れていた。防音もバッチリで秘匿性は非常に高い。秘密の話をするにはもってこいの立地だった。
なぜ一生徒であるミュリエルにこのような部屋が与えられているか、あえて追求しない。今必要なのは、校内戦準決勝で当たるリースへの対策である。
「なるほど、話を聞いた限りだと、やっぱり私の仮説は正しかったみたい」
「……とはいえ、大概の相手であれば限界を迎える前に勝負が決まってしまうでしょうけど
ふむふむと冷静に頷くが、少し前まではカディナからもたらされた『情報』を聞いて高らかに大笑いをしていたミュリエルである。もっとも、既に何度も見ているカディナにしてみれば驚くでもなくサラッと流していた。
「やはり、あなたもその可能性には行き着いていたのですね」
「実証できるほどの情報はなかったから、これまで仮説止まりだったけど。一度、すごい小規模の圧縮で自分に試してみたら、ものすごく痛かったし」
「試したんですか……」
「二度目はゴメンかなぁ」
研究者を名乗りながらちょっと身を張りすぎである。こればかりはカディナも顔が引き攣った。なんだかんだでミュリエルは実践派なのだ。
「で、カディナはリースがその弱点を克服するって考えてるわけだ」
「どのような手段かは不明ですが、おそらくは常に魔力が万全の状態を維持できる手段を確立するはずです」
「そうかぁ。実に楽しみだなぁ。今から校内戦が待ち遠しいなぁ」
両の頬に手を当ててまたも目を輝かせるミュリエルだったが、カディナが咳払いをするとハッと我に帰った。
そこから少し腕を組んで思案したミュリエルは、ピンと指を立てた。
「率直な意見を言わせてもらうと、そっちの対策よりも、あなたが言った装填の限界を狙った方が、勝てる確率は高い気がする」
「……考えないでもありませんでしたが、やはり難しいでしょう」
ジーニアスに入学してからお披露目する機会はなかったが、元々のカディナの戦法は風魔法の大きな強みである投影速度を最大限に利用した速攻。一気に攻め立てて主導権を握ったところで、中級や上級魔法でトドメを刺す形だ。
しかし、ミュリエルとの決闘でリースが超化を使う場面を目撃してから、足を止めての魔法戦では彼には決して勝てないと、早々に見切りをつけていた。投影の速さには自信があったが、リースが防壁を投影する速度はそれに勝るとも劣らなかった上に、超化を使ってからの圧倒的な防御力の前では、固定砲台をしていては自殺行為だ。
故に、彼女は誰にも見られぬように、陰ながら風魔法を移動法に機動戦の鍛錬を行うようになった。リースの攻撃を三次元的な動きで回避しつつ、隙を狙って攻撃を当てるというものだ。
だが、これでも当初の推測では三と七でカディナが不利。リースの装填に限界があることが発覚した点も、僅かばかりの加点にしかならない。どれだけ高く見積もっても、希望的観測すら含めて四・六であった。
「お兄様との戦いを見る限り、ローヴィスは終始不利でした。にも関わらず、最後の最後まで食らいつき、擦り傷とはいえ間違いなく攻撃をとどかせた。あの対応力の高さは、四属性を持つライトハートを幾度も相手にしてきたことで培われてきたのでしょう」
「普通に考えて手数が四倍だし。確かにそうだ」
「あちらが限界を迎えるよりも、私の動きが見切られる方が早いと思います」
四つの属性を自在に操る常識離れの魔法使いを相手に、大きく勝ち越している事実を忘れてはいけない。
超化は確かに強力だが、それ以前にリース当人の能力がかなり高い。身体能力は言うに及ばず、魔法への造詣も非常に深い。普段はあれなので忘れがちだが、実技だけではなく筆記試験においても学年で一位を取っているのだ。
「だから私に話を持ってきたわけだ」
「ええ。私では見えない別の意見が欲しかったの。学年内ではローヴィスに匹敵する知識量を持つあなたの意見が」
試験では平均点を取っているミュリエルだが、それが手抜きによるものは誰の目から見ても明白であった。授業中に居眠りをしていながら、不意に教師に指名されても問題に澱みなく答えられる光景は、もはや日常茶飯事である。
なによりも、ミュリエルは一時的とはいえ決闘でリースを追い詰めた実績があるのだ。
「それにしても、少し意外でした。情報提供の引き換えにしても、随分とあっさりと協力してくれるのね」
カディナからしてみれば、ミュリエルはリース側の人間だ。普段からよく一緒にいるし懐いてもいる。カディナに与するということは彼に取っては不利益になるはずなのに。
「私も、なんだかんだでリースに負けたのはいまだに悔しいと思ってる」
と、そこでミュリエルはにぃっと笑った。
「私とカディナじゃ戦い方はまるで違うけど、ここであなたがリースに勝てば、そこから私も勝ち目を見出せるかもしれないしねぇ。くっくっく」
「……忘れてました。あなたがそういう《・・・・》人だってことを」
かなり危ない笑みを見せるミュリエルに、カディナは額に手を当てて息を吐いた。
ミュリエルはリースに決闘を挑む前に、同級生を唆し彼の弱点を探ろうとしていた事がある。その目論見は半分ほど成功しつつも、リースの切り札である超化によってご破産したが。
「それで、何か思いつきましたか?」
「急かさない急かさない。ここから落ち着いて意見をぶつけ合わせるとしようよ。少ないとはいえ、まだ時間はあるしね」
こうして、校内戦が行われるまでの間、着々と対リース戦への作戦会議が行われていったのであった。