第百九十一話 空を駆けます
俺の左背面から噴き出す銀光を目に、カディナは愕然となっていた。この光の正体がわかったのだろう。
吸魔装腕を使った魔素の吸引までは良かったものの、今度は際限なく増えていく魔力をどう消費するかが問題になっていた。
容器の中に水を注ぎ続ければやがては中身がこぼれ落ちる。ただの器であればいいがこれが人体であれば大変なことになる。無理して止めれば破裂は必至だ。
吸引速度はある程度調整できるが、起動した仕組みを停止、あるいは再起動するのは色々な面での明らかな損失であった。一度起動した吸魔装腕の魔素吸引を止めずに、溢れ出す魔力を消費する仕組みが必要不可欠であった。
単純に考えれば魔法を使えば魔力を消費できるのだから、ひたすら投影を続ければ良い。実際にそれだけをしている間は魔素の吸引を続けても問題がなかった。だが、戦闘の最中に無駄な魔法を使えば隙を晒すだけである。
そこで、ヒュリア先生からの助言で発想が変わった。
そもそも、魔法として消費する必要はないのだ。
「取り込んで余った魔力をそのまま排出しているの!?」
「俺も先入観ってやつに囚われてたよ。突き詰めちまえば、至極単純な対処法だったわけだ」
器から中身が溢れ出そうになるなら、穴を開けてやれば良いだけの話。これであれば余計な投影は必要もない。吸引速度に合わせて魔力の排出量を制御するだけだ。
チラリと横目で実況席の方に目を向けると、仰天している実況の隣で、ヒュリア先生が相変わらず険しい目を向けてきつつもどことなく口の端が吊り上がっていた。この本番で失敗などしたら後が怖いからな。成功して良かった。
ちなみに、ミュリエルのやつは興奮して荒ぶっており周囲の観客がドン引きしている。
体内に満ち溢れる莫大な魔力を感じながら左右形状違いの拳を握り、正面で叩き合わせてから構えを取る。
「さぁいくぞ、カディナ・アルファイア! ここからは尋常に勝負といこうじゃないか!!」
吸魔装腕の装甲が左右に展開。魔素の吸入口が拡大するのに伴い回転翼の勢いも増す。同時に、左背面の排気量を減らし合わせて右背面に魔力を注ぎ込む。
「飛翔天駆ッッ」
──ゴォォォッ!
腹の底に響く放射音を轟かせ俺の体が前方に向けて一気に押し出される。
「──っ、くっ!」
舌打ちを交えながらも、カディナは手から放つ風魔法で上空に逃れる。俺は右翼を稼働して方向を調整。地に足を付けることもなく体勢を変えて俺の上を取った彼女に追撃を仕掛ける。
カディナは即座に横方向へと飛び俺の拳の射線から逃れ、慣性のままに宙を飛びながら攻撃魔法を打ち込んでくる。反応速度も凄いが、足で地を踏み体を固定できない空中にいながら、己の体勢を見失わない認識能力もかなりのものだ。
「要塞防壁ッ、突撃ぃぃぃぃぃっっっ!」
もう一度方向転換し、右腕の装甲を展開。カディナの攻撃魔法を正面から受けながら強引に加速し距離を詰める。そのまま体当たりを仕掛けようとするがそこまでは甘くはない。風魔法で軌道を下方向へ修正し、受け身を取りながら着地をすると、中級魔法を投影し俺に向けて手を向ける。
都合三度目の加速だ。これまでであれば絶好の狙い目である。
だが、そこでカディナは目を見開き手が止まった。
さしもの彼女も、俺が宙に留まっているのには驚いた様だ。
空中に固定した防壁を足場にしている訳でも、跳躍で跳ねている訳でもない。右翼から吐き出される魔力の圧だけで俺の体は滞空しているのである。
これが意味するところを読み取れないカディナではなかった。
「魔法が途切れないっ!?」
「消費する側から魔素を回復しまくってるからな。空を飛び回るってのも気持ちいいもんだ」
吸魔装腕の回転翼が甲高い音を立て魔素を取り込んでいく。
銀輝翼の最大の欠点は、一度に三つを投影することが限度だったこと。何かしらで全てを消費し切ると機動力が大幅に減退していた。
だが進化で得た魔力翼にはその制限がない。推力の為に放出し続けている魔力を、吸魔装腕で回復し続けているのだから。
「風属性の使い手たる私の上空を取るなんて、皮肉が効きすぎじゃないかしら」
「そこら辺は別に意識をしてた訳じゃないんだが──なっ!!」
剛腕手甲を振りかぶり、右翼を吹かして急降下。カディナは両手を前に突き出して魔法を投影し、後方へ退避。魔力装甲の拳が、彼女が寸前までいた地点を激しく打ち据える。
カディナは息を荒げながらも俺から距離を取り、強い警戒心を持って俺を見据えていた。おそらく今の俺を相手に立ち回り方を必死に模索しているのだ。
これまでカディナは俺の攻撃を避ける際には、あえて近接を選び回り込む傾向にあった。実は超化中の俺は、通常時に比べて小回りが効かず技が大味になりがちなのだ。飛天加速は性質上、推力の調整ができない。つまりは一撃離脱が主な戦法だった。故に、俺の一撃を回避できるだけの機動性や反応速度があるカディナであれば、むしろ近距離で張り付いていた方が攻撃を避けやすかった訳だ。
ところが、飛翔天駆は前身だった飛天加速とは違い、自由に推力を調整できる。小回りが段違いに効く様になった。それを理解したカディナは安易に懐に飛び込めなくなったのだ。
だからといって、そこが安全圏内とは言い切れないのだ、これが。
剛腕手甲を砲撃形態に。さらにそこから細部を変形。側面に左手を合体させ、銃口は一つから、円形に六つへと。
「重魔力機関砲ッッ」
「嘘でしょっ!?」
唸りをあげて回転する円形砲身から、弾頭が連続して発射される。慌てて回避運動を取るカディナを追って大量の魔力弾がばら撒かれる。一発一発の威力は重魔力砲よりも下だが、補って余りある圧倒的物量を吐き出せる。
これも吸魔装腕が魔素を取り込み続けているから可能な芸当だ。重魔力砲のドカンという衝撃もいいが、重魔力機関砲の連続した振動が妙に病みつきになる。
と、調子に乗って撃ちまくっている場合ではない。
「速すぎて当てられる気がしねぇな……」
砲撃形態を解除し左腕を切り離す。カディナも一瞬焦りを見せながらも、すぐさま冷静に回避していた。これではイタズラに時間を消費するだけだ。
時間をかければそれだけカディナに策を練る時間を与えることになる。それ以前に、俺自体も下手に長引かせるのはよろしくない。
飛翔天駆を点火し加速する。
「さぁ、まだまだ行くぞ!」