第百九十話 立ち塞がる壁を見据えて──進化します
「耐え切れるからと言って、負荷が零になったわけじゃない。体内で圧縮魔力が解放される際の衝撃は、着実にあなたの体力を奪い取っているはずよ」
これこそまさに、俺が内包している最大の弱点であった。
「その証拠に、お兄様との戦いであなたは、ほとんど攻撃を捌き切っていたはずなのに著しく体力を消耗していたのだから」
無属性である俺は体力が続く限り、魔力を補充して戦い続けることができるが、超化を使うとこれが少しだけ形を変える。
──体力と引き換えに超魔力を回復するという形に。
「あなたは五度目の魔力回復でほとんど限界に達していた。恐らく六度目も可能でしょうが、そこが本当の限界点。それ以上は肉体が耐えきれないはず」
直撃すれば相手の意識を吹き飛ばせるほどの衝撃。そんなものを体内で爆発させ続けていたら無事でいられるはずがない。
俺が超化を頻繁に使わないのもこれが理由だ。使うたびにかなりの体力が削られるし、三度目からはかなりの痛みが生じ始める。五度目に至っては意識が揺さぶられるほどの激痛が来る。六度目を使うと、意識を保ってられるのは一分もない。
「……アルフィ以外にそこまで見破られたのは初めてだ。学年二位の成績は伊達じゃねぇな」
とはいうが、恐らくジーニアスで初めて使った時、ゼスト先生には見破られていたかもしれない。少なくとも何かしらの代償があるのだけはわかっていた様だ。あの先生もなんだかんだでジーニアス魔法学校の教師なんだと思わされた瞬間だった。
「私一人でここまでを導き出したわけじゃない。少しだけ、ズルをさせてもらったわ」
カディナが向けた先に視線を投げると、観客席に座るミュリエルに辿り着く。
「────(ブイ)」
こちらの声は聞こえてないだろうに、俺らがどんな会話をしていたのかは予想が付いていたのか。無表情のまま指を二本立ててアピールをしていた。なるほど、そういうことか。
「ミュリエルに知恵を借りたのか」
「どうやら私と同じ可能性には行き着いていた様ね。でも検証できるほどの情報が足りなかった。あなたとお兄様の戦いぶりの状況や私の所感を提供したら、快く協力してくれたわ」
まさか裏でそんな協力体制が敷かれていたとは思いもしかなった。校内戦に参加しなかったミュリエルが意外な関わり方をしたものだ。情報を得た時のミュリエルの興奮ぶりが想像できる。
「卑怯とは呼ばないのね」
「俺の師匠の受け売りだが……戦いの勝敗を決めるのは、結局のところ戦いの前にどれだけ仕込みができるかだってさ。魔法使いに限らずにな」
魔法やそれを用いる作戦に限らない。肉体的な強さや心理的な駆け引き。環境だってそうだ。戦いに至るまでに積み重ねたあらゆるものが勝敗を分つ仕込みだ。
「そいつに文句を垂れてちゃ、世話ないさ」
「そう……ありがとう」
俺の戦い方の弱点、超化の代償。それらを突き止め一番効果的に俺を倒すための作戦。この状況を作り上げたのは、俺との戦いに向けて、カディナが多くを積み重ねてきたからだ。それを卑怯と呼ぶ奴は、恐らく勝負の場に立つ資格さえないのだろう。戦う前から負けてる馬鹿野郎だ
悔しいが、現段階でカディナに対して明確に勝利を得られる見通しが無い。
カディナが狙っているのは、装填の回数限界だろう。残念ながら、それは俺がアルフィに敗北した数少ない展開の一つ。俺を倒す上での必勝法の様なものだ。
端的に言えば今の俺は確実に追い詰められていた。
打てる手は──。
「いつまで出し惜しみをしているつもりなのかしら」
「む?」
構えを続けながらも、カディナは俺に向けて声を投げかける。
険しい表情の中、真っ直ぐにこちらを見据えてくる。
「あの合宿に見せた『最後の魔法』。完成させたのでしょう?」
「──ッ」
「図星、か。腹芸はあまり得意じゃ無いようね」
こいつ、真面目な顔してカマをかけてきやがった。カディナの予想以上の図太さに思わず頬筋が引き攣った。
「舐められたものね。私を相手には奥の手を使うまでも無いってことかしら?」
「別にお前を侮ってたわけじゃねぇよ。アルフィと同じくらいには警戒してたよ。実際にはそれ以上で非常に参ってるんだな、これが」
口にした言葉は全て、掛け値なしの本音だ。恐らくではあるが、入学した頃のアルフィであれば、今のカディナに勝つのは非常に困難であろう。
落ち着いて、正面を向く。
俺の視界には、カディナと重なって見えるものがあった。
──それは壁。
リース・ローヴィスという魔法使いの目に前に立ちはだかる分厚く巨大な壁だ。
「こいつは、敵に塩を送るって奴じゃねぇか。口にしなきゃ、俺が奥の手を出すこともなかったかもしれねぇのに」
「全力のあなたに勝利しなければ、私がここに立っている意味がなくなるの。つべこべ言わずにさっさとさっさと奥の手を使いなさい」
俺もまだまだ未熟だと思い知らされる。
こうしてカディナから喝を入れられなければ、目の前の壁に触れようとすらしなかっただろう。
「言い訳になっちまうが、惜しんでたわけじゃねぇ」
さっきの試合のアルフィと同じだ。
「練習じゃぁ、こいつの成功率は六割がやっと。本番じゃこれが初めてなんでね。下手すりゃ制御を失敗して派手に自爆する」
これほどまでの強敵。好敵手を前に、危険を背負わずに勝ちを得ようとしたのがそもそもの間違いだったのだ。
勝負に対して甘さを抱いていた。立ち塞がる壁に負ける未来を恐れていた。
けど、カディナのおかげで腹は括れた。
「今ここで完璧に仕上げる。俺を焚き付けたことを後悔すんなよ」
「ならばその言葉に足るものを私に見せてみなさい」
背中にある三枚の銀輝翼を纏めて右腕で握りしめ一気に砕いた。解放されそうになる三枚分の圧縮魔力をさらに反射力場で押し留める。
超化のさらにもう一つ上の段階に至るための魔法。
その名も──。
「いくぞ──『進化』ッッ!」
まばゆい銀光を放つ魔力の塊。それを左腕に叩き込む。
制御が必要な魔力の量が跳ね上がり、同時に流れが複雑化。鼻血が吹き出しそうなほど頭が加熱する中で、俺は左腕に投影を開始。右腕とは違った形の装甲が具現化していく。剛腕手甲が直線的な形状に反して、左腕の鎧は流線的な形を有している。
同時に背中には新たな翼が出現。右側は銀輝翼の様な三枚の羽ではなく大きな一枚羽。そして左側はその付け根部分だけという、全体の何から何までもが非対称。
見た目は異質でありながら、これは俺が考えに考え抜いた新たな戦闘形態の理想だ。
練習の段階でわかっていたことだが、超化の上にこれらの部位を新たに投影するのが非常に困難だった。どこかしらが暴発を起こすとその時点で全体が崩壊し体力も一気に失う。
ただ、先ほどの銀輝翼を纏めて作った圧縮魔力は、内素を回復のするためのものでは無い。新たな形態に至るための起爆剤だ。
これらの同時投影さえ乗り切ってしまえば──。
「──っ、だらぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」
左腕の魔力鎧──吸魔装腕の手甲部に作った回転翼が回転を始め、空気中の魔素を取り込んでいく。それに伴い、左肩に備わった極小の翼から銀の光が噴き出す。
──目の前にある壁に大きく罅が入ったのが見えた。
実戦での感覚──ようやく掴んだぞ。
吸魔装腕のイメージは例の『輝けぇ!』さんの第二形態を小さくした感じ。
背中の翼は、右側がV2ガ◯ダムの背中のスラスターで、左はその小さいバージョンとでも思っといてください。