第百八十八話 一握り以下の様ですが
魔法使いの決闘に慣れてきた生徒たちにとって、俺たちの戦いは異質なものであろう。入れ替わり立ち代わりに場所を変えながら、俺たちは激しく魔法を撃ち合っていた。
「魔法使いってのは机の上に齧ってばっかりな連中だと思ってたんだがなっ!」
「あなたも魔法使いの一人でしょうに!」
基本、俺の戦い方はシンプルだ。跳躍や加速の類で相手の懐に潜り込み、手甲を纏った拳を叩き込む。超化の状態でもそれは変わらない。
この学校に来てから幾度となく決闘を経てきたが、俺と戦ってきた生徒のとる対処法はおおよそ二分される。
俺が移動系の魔法を使う前──つまりは攻撃の起点を潰す。
あるいは、徹底的に防御を固めて耐えるというもの。
だいたいのものは前者を選び、限られた僅かが後者を選択する。
けれどもカディナが選んだのはそのどちらでもない。
すなわち、俺の攻撃を回避しながらの戦闘だ。
やっていることは先ほどの準決勝第一試合でラピスが行っていたことに近い。水流走で常に移動しながら魔法を投影して攻撃と回避を同時に行うというもの。
ただカディナの場合は、それが平面的なものではなく立体的であるということだ。
決闘の開始から幾度となく飛天加速からの剛腕手甲を叩き込んでいるというのに、カディナは華麗に避けていく。
手から打ち出す魔法の風圧で推進力を得て、体を覆う大気の鎧でバランスを取る。見事な立ち回りだが、こいつを実際にやるとなれば、一朝一夕で身につくものではない。
まず第一に、魔法の投影と肉体動作を同時に行うというのが難しい。算術を行いながら料理を行えば、計算も手元も覚束なくなるというもの。ある程度の鍛錬を積まないとまず無理だ。
「お前っ、実は隠れて特訓してただろ!」
「これでも鍛錬は欠かさない性分ですので!」
言葉が交わされるのは至近距離。婆さんやアルフィを除けば、ここまで距離を詰めてでの競り合いはジーニアスに来てからは初めてかもしれない。
カディナとの決闘はこれが初めてだが、彼女の動きはそうとは思えないほどに迷いがない。普通、初めて戦う相手というのは事前に策を練っていたとしても、本番で行う際にはどこか手探りの部分が生じるものだ。なのに彼女にはそれがほとんどない。俺の動きにほぼ完璧に対応して見せている。
俺との決闘を想定しての鍛錬を重ねてきたのだろう。それこそ体に染み込み頭が判断を下す前に動けるほどに。衣装替えといい、徹底的に勝ちに来ているのが分かる。
「重魔力拡散砲ッ!」
二度の飛天加速で距離を詰め、最後の銀輝翼を装填し散弾として発射する。だが砲身を向けた時点で彼女はすでに回避行動を取っており、俺の斜め後ろへと抜けていた。
「んぎっ!」
咄嗟に首を傾けて空いた空間に、風槍が突きつける。とても中級魔法とは思えないほどの投影速度に舌を巻くが、驚きを露わにしている余裕はない。すでに彼女の手元には新たな魔法が投影されている。急ぎ跳躍で逃れ、離れた位置で銀輝翼を補充する。
カディナに正面を向けつつ左手で頬を撫でると、掠っていたのか血が滲み出ていた。今更傷の一つや二つであたふたするような繊細さは持ち合わせていないが、自然と表情に苦味が走る。
「少しばかり不本意ではあるけれど、対策、考察する時間はいくらでもあったわ。その銀輝翼という魔法の欠点も当然、把握しているわよ」
「惜しげも無くバカスカ使ってたからな。そりゃぁバレるわな」
超化で戦う上で、銀輝翼は攻撃と回避のために用いる非常に汎用性の高い圧縮魔力。けれども、万全に制御できるのは一度に三枚までが限度であり、これ以上増やすと肉体動作や他の魔法の制御に影響が出てくる。
この三枚の制限が銀輝翼最大の弱点だ。
『さすがは学年二位の貫禄いとったところでしょうか! カディナ選手、超化状態のリース選手の猛攻を凌いだ上で、着実に負傷を与えています!』
『あの飛天加速という魔法には背中の圧縮魔力を用いますが、一度に扱えるのは三度が限界。加えてあの圧縮魔力は攻撃にも使用されます。カディナさんは、三枚の翼が消費された時点で強力な攻撃を狙っているのです』
ヒュリア先生の的確な考察、実に痛み要る。まさしくその通りだ。
銀輝翼は一度消費してから新たに投影するまで一呼吸ほどの間と集中が必要になる。三枚全部を使い切ると、俺の機動力はガタ落ちになるのだ。こうなると跳躍くらいしか使えない。
『もっとも、隙があろうともそこを突けなければ意味がありません。残念ながら、一学年の中で可能な生徒はほんの一握り以下でしょう』
そしてその一握り以下の生徒は、紛れもなくカディナだ。
ヒュリア先生が観客に向けて説明しているのは、少しでも頭の回る生徒であれば分かるであろうという配慮だろう。そうでなければもっと早い段階で解説していたはずだ。
気に入らない生徒であろうとも、むやみやたらと弱みを曝け出さないらしい。先日の件もあり、これまでずっと苦手意識を持っていたヒュリア先生に対して少しだけ認識が改まる。いや、苦手なのは変わらないけども。