第十七話 ステイステイします──わっしょいの続きです
カディナ・アルファイアはその光景を同じく食堂の一席から眺めていた。
表面では澄ました表情を取り繕いながらも、その内面には激しい苛立ちが募っていた。
視線の先にいるのはリース・ローヴィスとアルフィ・ライトハート。
──彼女の実家であるアルファイア家は国内でも屈指の名家であり、有能な魔法使いを多く輩出してきた実績がある。
血筋に宿る属性は『風』。中でもカディナは歴代アルファイア家の中でも飛び抜けた才能を秘めており、幼い頃より多大な期待を寄せられてきた。
カディナ自身も身に宿った才に奢ることなく、努力を怠ってこなかった。事実、ジーニアス魔法学校に入学するまでに通っていた中等部(地球で言う中学)の学校までは常に一位の成績を維持していた。
彼女にとって、常にトップを飾ることは当然であり、その事に対する高いプライドを持つことも至極当然と言えよう。それが決してプライドばかりが先行した愚者ではなく、寄せられる期待に恥じぬ努力を積み重ねた自負であった。
──しかし、そんな彼女の認識が、今や脅かされつつあった。
他ならぬ、リースとアルフィによって。
厚顔無恥この上ない入学式の宣言が、カディナの頭の中に再生された。
「……まったくもって、ふざけているわ」
小さなつぶやきは誰にも届かなかった。風魔法で音を遮断していたのだ。もし仮に誰かの耳に届いていれば、蛇に睨まれたカエルよろしく恐怖の余りに硬直していただろう。
入学試験で筆記は満点を取ったものの、実技試験では教師に敗れ去り惜しくも総合満点を取り逃した。これから教えを請う身として教師に負けるのは恥ではない。悔しさを感じるのはまた別ではあったが、いずれ勝ちを得るための原動力となるのだから良しとしよう。
だが、その先にあったのは予想もしなかった展開。
入学式の答辞を任されるのは常に最優秀成績者であるのが通例。答辞を任された時点でカディナは己が入学試験でトップを飾ったのだと確信していた。
だというのに、入学式の当日を迎えれば、自分を越える入学試験の主席合格者が存在するではないか。
『俺はこの学校で『最強』を目指す!
最終的な将来の目標は『防御魔法で天下取り』だ!』
実技筆記ともに満点という信じられない結果に、信じられないような不遜極まりない宣言。しかもこの様なふざけた宣言をした輩は平民であり、同じ『ノーブルクラス』に在籍することになった。
実のところ、ノーブルクラスにはもう一人平民が在籍している。
それがアルフィ・ライトハート。
近年──どころか歴史的に見ても非常に稀な『四属性持ち』。ジーニアス魔法学校の教師が直々にスカウトをしに行くほどの逸材であり、入学試験の成績ではカディナに次ぐ成績を誇っていた。
諸事情により中断した後に、数日を経て行われた魔法の威力測定ではその希有な才能を見せつけるように四属性の魔法を同時に操り、クラス全員を驚かせた。純粋な威力に関しても、カディナの風穿衝と同等かそれを上回る結果を叩き出していた。しかも詠唱速度はわずか数秒足らず。総合的に考えればアルフィが勝っていた。
──その数日前に度肝を抜くような光景を見せられたが、皆悪夢だと思って忘れようとしている。
優れているのは何も魔法的な才能だけではなかった。
おそらくこの学園では最も才能を秘めているだろうアルフィだったが、その人柄は傲慢とは程遠い好感の持てる少年だった。向上心は強く、それでいながら人当たりも良く誠実だ。普通はあれほどの才を見せつければ嫉妬の対象となるのが普通であるのだが、ノーブルクラスの大半は彼に対してそれほど悪感情を抱いていなかった。
カディナも、アルフィにライバル意識は持っていながら、負の感情を向ける気にはならなかった。彼の姿勢は自分と同じく、生まれ持った素質に胡座をかくことなく、真摯に受け止めているように感じられたからだ。おそらく、彼のような人物がこの国の将来を背負うのだろう。
ついでに言えば、整った顔の造りに、たまに見惚れたりもした。
……しかし、だからこそ。あれほどの素晴らしい能力を秘めた人材が、『恥知らず』と親しげにしている事実が許せなかった。昔からの幼馴染みのようだが、だとしても信じられない気持ちになる。
本人の言葉が真実なら、リースは属性を持たず、扱うのは『防御魔法』のみ。だが、魔法の初心者が練習代わりに使用する防御魔法だけで、どうやって実技試験で満点の結果を──相手となる教師を倒すことが出来るのだろうか。
思い出したくもないが、魔力測定に放ったあの『銀色の光』もそうだ。カディナの風穿衝もアルフィの四属性魔法でも破壊できなかった代物を、名の通り防御にしか扱えない防御魔法が破壊できるはずがない。
しかし、いくら考えてもリースの扱う魔法の正体を掴むことが出来ない。常識的に考えて、あれほどの威力を誇る魔法は絶対に四属性のうちのどれかなのだ。
……屈辱的な話だが、いずれ彼を追い落とすつもりのカディナとして、リースの魔法の正体を探っておきたいところ。そのために、実際に彼が魔法を使う場面を見ておく必要がある。
そういう点を考えると、あの青髪の登場は非常に都合が良かった。
カディナはそのまま、彼らの会話に耳を傾ける。
風魔法を操る彼女にとって、遠くの音を拾うことなど造作もない。彼女とリースたちとの距離は少し離れていたが、その耳には彼らの会話が身近で交わされているように良く聞こえていた。
「だから何で即答なんだよ!?」
「いや、挑まれたから『良し来たわっしょい』ってなるのは当然だろ?」
決闘は絶賛大募集中だ。
そもそも、俺は入学式の時点で新入生全体に対して派手に喧嘩を売っている。むしろ、今の今までだれも挑みに来てないのが不思議なほどだ。
「普通、貴族に名指しで挑まれたら平民は尻込みするはずだろう!」
「残念、俺は尻より乳の方が大好きです」
「ち、乳って──そ、そんなことを言っているんじゃない!!」
青髪は己の胸元を隠しながら顔を真っ赤にして叫んだ。いやいや、ちょっと待てや、それは女の子がする反応だから。
「乳が好きとは言ったが、流石の俺も野郎の雄っぱいには興味ないって……ん?」
よく見ると、青髪って確かにイケメンだがアルフィの『カッコいい系』なそれとは方向性がかなり違う。どちらかというと……可愛い系?
──待て待てだ俺の本能よ。いくら可愛いからといって野郎に発情するほど女には飢えていない。
それによく見ろ、青髪の胸はストレートだ。
──もやっとした。
いやいやいやいやいやいやいや、だから落ちつけっての。
俺が人知れず動揺していると、アルフィが口を挟んできた。
「おそらく先日の件での事だろうけど、止めておいた方がいいぞ」
「部外者は放っておいてくれ! これは僕とこいつの問題だ!」
「だとしても、黙ってこいつの被害者を増やすのは、こいつの同郷者として忍びないからな」
「──っ、僕がこいつに負けるとでも!?」
「では逆に聞く」
睨みつけてくる青髪を、真剣な顔でアルフィが見据える。
「入学試験主席合格者を相手にして、勝てる自信が君にあるのか?」
「聞いた話だとそいつは防御魔法しか使えないって話じゃないか。そんな奴が筆記はともかく実技試験で満点なんかとれるはずがない! 絶対に不正があったはずだ! そんな奴に僕は負けない!!」
失敬な──と思う一方で彼の気持ちも分からないでもない。何せ、俺のように防御魔法を扱う人間を俺は見たことないし聞いたこともない。というか、俺よりも遙かに長生きをしている婆さんですら皆無だという。
「……ああ、その程度の認識だったのか」
アルフィの口から熱が冷めたような言葉が小さく漏れた。大賢者の婆さんを除けば、俺の魔法を身近で一番よく知るのはアルフィだ。それだけに、青髪の認識がいかに的外れであるかを悟ったのだ。その言葉は俺だけに聞こえたようで青髪はアルフィを睨みつけたままだ。
「──で、どうするんだリース。青髪はああ言ってるが」
「そんなの、是非もないだろう」
自然と釣り上がる口角を自覚しながら、俺は言った。
「ラトス・ガノアルク! 尋常に勝負といこうじゃないか!!」
心地よい眠気に耐えながら予約投稿したらとんでもないことをやっちまいました。
間違えて『ルキス君』の方に投稿するという暴挙を犯す。
そっちを見たひと、ごめんね!?




