第百八十四話 早かったようですが
アルフィは急に棒立ちになると、溜息を漏らしながら頭を掻く。
今はまだ試合の最中であり、あからさまに隙を晒す行為。本来であれば即座に攻撃を加えるところであったが、彼女を思い留まらせていたのは、胸中に生じた予感。
まさしく、リースと決闘した時に抱いた恐怖と──高揚が混じり合った感情が込み上げる。
「先に言っておきたい。あいつのセリフじゃないが、別に舐めてたわけじゃない。元々、リースを除いてカディナに並ぶくらいに難しい相手だと思ってた。実際のその通りだったし」
「お褒めに預かり光栄だね」
「だからまぁ……ここから先を試合で使うのは俺も初めてなんだ。アイツと違って出し惜しみしてたとかじゃなくて」
言い訳にも聞こえるそれは、己に対してではなくラピスに向けたものであった。
「持ってたわけだ、君も奥の手を」
「確かに対アイツ用に作ったんものだが、よくよく考えればあれにぶっつけ本番で試すのは怖すぎる。それに、このまま続けてるとmもし勝てても決勝戦前に体力と気力が尽きそうなんでな」
未来の英雄ともされる天才に、奥の手を使うに足る相手と認められたのだと。リースに本気を出させずに終わったあの時とはもう違うのであると。不覚にも嬉しく思ってしまった。
アルフィはゆっくりと両手をかざすと、深く息をする。
「悪いがラピス、俺の本番に付き合ってもらうぞ──励起召喚」
カッと目を見開くと、アルフィの胸元から魔光が溢れ出す。それに伴い、彼の周囲にそれぞれ火の玉、緑風、土塊が浮かび上がった。
「…………?」
見た目上は初級魔法程度のものであるが、一つ一つに込められている魔力が尋常ではない。だというのに、どことなく不安定であり魔力と実体が乱れぼやけている。
訝しげに眉を顰めるラピスを、アルフィの鋭い眼光が睨め付ける。
「こっからは待ったなしだ。一気に行かせてもらう!」
手を払うと、宙に浮かぶ属性らから魔法が解き放たれる。それそのものはアルフィが試合中に使っていた中級魔法となんら大差ない。ラピスは魔力の流れを感じた時点で水流走を投影し回避する。
だが、回避した先にはすでに、アルフィが投影した風属性の魔法が迫っていた。
「────ッッ!?」
寸前のところで身を逸らして躱すが、バランスを崩して転倒。そこへ追い打ちをかける土属性魔法が襲いかかる。
ラピスは付近にあった複数の水溜まりから水鞭を投影すると己の体を掴ませ、強引に引っ張りその場から退避し魔法から逃れた。
「器用な真似をするなおい!?」
割と本気で驚き汗を流すアルフィ。
ラピスはこの瞬間を好機と定めた。自身の予想外の動きに、注意が正面に集中している。
地面に叩きつけられる痛みに顔を引き攣らせながらも、ラピスは仕込んでいた水溜まりをつなげて大きな魔法陣を投影する。
「水連射・重機関砲!」
「んなっ!?」
ラピスの奥の手。遠隔投影による高威力魔法。得意魔法の一つである水連射を更に発展させ、連射速度をそのままに一発一発の威力を向上させた魔法だ。投影に時間は掛かるが、一度発動してまえば大量の弾幕を張ることができる。
さらに、時間差で同じ魔法をもう一つ投影。これまでの低威力の魔法ではなく、直撃すれば戦闘不能になるほどの魔法が、続け様に別方向から襲いかかってくる。
どれほどアルフィが手数を増やそうとも、一度に対応しきれない数で攻めれば後手に回らざるを得ない。アルフィが防御に回った瞬間、決闘場に散らばった魔力残滓を総動員して、一気にケリをつける。
──けれども、アルフィの背後で投影された魔法陣は、圧倒的な数を誇る水の弾丸を解き放つ前に、土魔法に撃ち抜かれて霧散した。
「──────?」
続けて別の位置で投影された魔法陣も同じく、発動するまもなく破壊される。
「嘘だろ──っ!?」
上級魔法の投影最中にあったラピスは、驚愕するしかなかった。
あまりにも、アルフィの反応が早すぎる。
ラピスも、何も考えずに札を切ったのではない。体感ではあるものの、彼女のなりにアルフィの戦いぶりを観察していた。どの好機であれば隙を付けるかを狙っていた。
現に、アルフィは背後でラピスの魔法に気がつき慌てたそぶりを見せていた。あの瞬間であれば、少なくとも魔法の発動までは行けたはずなのだ。
「今のは本気で危なかったぞ、ラピス!」
「しまっ!?」
動揺も重なって投影の中断が間に合わず、ラピスはアルフィの放った炎槍をモロに受けてしまう。体を貫通するような激しい衝撃が襲い掛かり吹き飛ばされた。
アルフィの新技は名前変更するかもしれん