第百八十三話 仕込み中のようですが──
テリアとの一戦を経てラピスの魔法使いとしての能力は飛躍的な向上を見せていた。否、それまで色々な意味で抑え付けていた能力が解放されたと言っていいだろう。
校内戦に至るまでの時間を使って己の限界を改めて見つめ直し、現時点での実力を正確に推し量ってきた。出来ることが増えるということは、それだけ戦いの幅が広がる。だが、闇雲に手札を増やしたところで一つ一つが薄っぺらい魔法になっては意味がない。
大事なのは、自分の持ち味を最大限に生かしながら勝つ方法を模索することだ。
(仕込みは上々……でキッッツイなやっぱり!)
己を捉えんと解き放たれる火、風、土の魔法を水流走で躱わし、あるいは魔法で迎え撃ちながら、アルフィは逸る鼓動を抑え込む。観客席からは華麗に回避し迎撃しているように見えるだろうが、やっている当人は必死そのものだ。
(怖すぎだろ! 他の同級生が一つの魔法を投影する間に、四つも五つも飛んでくるの! どんな頭の構造してんのさ!?)
アルフィとは入学して以来の付き合いで多少なりとも分かっていたつもりだが、実際に対面し戦ってみると尚更に理解できてしまう。一人の魔法使いから異なる属性が三つも飛び出しくる様は見ているだけで頭が痛くなってきそうだ。
一つの属性で複数の初級魔法を同時に、あるいは連続で投影するだけでも脳が熱を帯びるのに、アルフィはその三倍を涼しい顔して仕出かしているのだ。ラピスの『侵食』を警戒し水属性は使ってこないが、それを抜きにしても異常である。
(よくもまぁリースはこんな化け物に勝ち越してるな! )
アルフィの四属性も非常識であるが、そんな彼に圧倒的黒星をつけているリースがいよいよ同じ人間なのか疑わしくなってくる。
──結論だけを述べてしまえば、ラピスはアルフィに及ばない。少なくともラピス当人はそう認識していた。もっともこれは、この試合が始まる以前、校内戦が開始される段階で早々に悟っていた。
(水属性の扱い一点に限れば僕の方が上だ。でも他の三属性を上回れるほどの絶対的な優位性には遠く及ばない)
純粋な魔法の撃ち合いに持ち込まれれば、ラピスは一分も保たずに敗北を喫している。
彼女がここまで善戦できている理由は、アルフィが擬似的な対多戦に不慣れである事だ。
ただし、不慣れということは経験を重ねれば慣れていくもの。
今現在はどうにかギリギリで戦況は膠着しているが、何かの拍子に拮抗がラピスの悪い方へと傾いてもおかしくはない。
もしくはラピスの集中力が切れるか魔力が底をつくか。どちらにせよ長い膠着で自身が得をする展開はあり得ないとラピスは断じていた。
(──だから、準備はさせてもらった)
魔法使いにとって基本にもならない知識だが、魔法陣の投影というのは魔力を用いて行う。
大雑把に例えるなら魔力はインクだ。それも極めて揮発性が高く、描けばすぐに蒸発し霧散してしまう。一度描いた魔法陣はすぐに発動しないと形を失い効力を失ってしまうのだ。
中にはほとんど魔力そのもので殴ってくるような頭のおかしい魔法使いもごく稀に存在するが、今はいいだろう。
ガノアルク家の有する特性も、ある意味では例外だ。
『水に含んでいる限り』という縛りがあるが、体の外に魔力を長時間留めておくことができる。ラピスはこれを用いて新たな攻撃魔法の起点を作り出してるのだが、その裏でさらにもう一段階上の手段を講じていた。
決闘場に散りばめられたいくつもの水溜まり。それらを更に繋ぎ合わせることで更なる魔法陣の投影を行うというもの。
今のラトスでは小さな水溜まり程度では威力のある魔法は投影できない。水弾や水連射ではアルフィの集中力を多少なりとも削ることはできても、決定的な有効打には足り得ない。
だが、水溜まりを繋ぎ合わせれば威力のある中級以上の魔法も投影が可能となる。
もしアルフィがラピスの遠隔投影による魔法攻撃に慣れてきたところで、同じ要領で水榴弾や水槍が飛んできたらどうなるか。
確実に意識が掻き乱されるはずだ。そこにラピスは正気を見出していた。
──問題は、その仕込みをどれほど重ねれば良いかだ。
(もう十分に仕込んだ済んだ。大きな水溜まりは軒並み散らされたけど、細かく残ったのを繋げれば──けど)
果たして、これでアルフィを倒し切れるかという大きな迷いがラピスの中に生じていた。
なにせ相手は四属性を自在に操る非常識の塊だ。
形は違えど、あの手の非常識というのは何をしてくるか分からない。追い詰めたと思っていたところで、予想だにしなかった一手で軽く逆転される。実際にラピスはそれを身をもって味わい、そして目にしてきたのだ。
(行けるのか、リースが掛け値なく最大のライバルと認めているこの男に!?)
あるいはそれはなまじ相手の力量を知っているが故に。本気でなかったとはいえ、学年主席の圧倒的実力差を味わったが為に。ラピスは最後の手札を切る判断を下せずにいた。
──そんな中で、水流走で動き回るラピスを執拗に追い続けていた魔法の乱射が、ぴたりと止んだ。




