第百八十二話 準決勝第一試合──嬉しいようですが
アルフィの最大の持ち味は、四属性を用いた手数の多さ。しかもそれらを高いレベルで同時に扱えるという非常識を具現化したような能力だ。
だが、それは一つの属性をあつかう魔法使いの四倍の強さを持っているのと同じではない。
「やるなラピス! 入学した頃のお前だったらもう終わってただろうよ!」
「君と戦うのはこれが初めてだけどね! お褒めに預かり光栄だよ!!」
水属性以外の三つの属性魔法を入れ替わり立ち回りに発動していくアルフィの猛攻を、ラピスは言葉と共に水属性魔法で対抗していく。
観客の大半が予想していた通りに、このノーブルクラス同士の戦いは、それまでの試合に比べて非常に高いレベルで繰り広げられていた。
アルフィは初手から手加減することなく全力でラピスを攻め落とそうと試みた。ある意味で、カディナと同じ流れだ。これまでの試合運びは相手の全力を出させた上でそれを上回る圧倒的威力と手数の魔法でたたき伏せていた。それがラピスとの戦いでは初手から全開だ。
彼は分かっていたのだ。後手に回れば非常に危うい相手であると。
ラピスは己が投影、使用した魔法の残滓を起点に新たに魔法を投影することが可能なのだ。時間が経てば経つほどに攻撃の起点と手数が増えていく。
事実、これまでの試合運びでは最初に攻撃範囲が広かったり余波の大きい攻撃魔法で決闘場に水をばら撒き、そこから相手を四方八方から囲い込むように攻め立てる手法をとっていた。
けれども、準決勝アルフィとの戦いでは彼女はあえて後手を選択した。アルフィが速攻で繰り出した魔法を水流走で避けた。相手がどのような手札を使おうとも最初の一手は回避と決めていたのだ。
そこから、散発的に魔法を放ちながら、決闘場を水流走で駆け巡る。ただ逃げていたのではない。水流走で通った軌跡には、ラピスの魔力が多分に含まれた水溜まりが残っていく。
アルフィは逃げ惑うラピスへの追撃と、増えていく水溜まりの破壊に追われることとなる。複数の属性による圧倒的手札のアルフィもこれには手を焼いていた。少しでも攻撃の手を緩めれば、アルフィの攻撃数が鼠算的に増えていくのだから。
しかもラピスが相手ともなると、必然的に水属性の魔法は扱えない。
これまで彼は試合相手との同属性の魔法を防御手段として用いることが多かった。同じ属性同士の魔法がぶつかり合った際に、干渉しあって威力が減衰しやすいからだ。少ない魔力で高い防御効果が得られる。
だがラピスの場合、水属性に限りはするが魔法がぶつかり合い干渉すると、相手の魔法を乗っ取りさらに強大な魔法を投影することができる。仮に即座に投影しなくとも、残滓を乗っ取られて結果的に攻めの起点を増やすことになってしまう。
実質的に手札を一つ封じられているに等しかった。
アルフィはこれまで同級生たちからの決闘を多く受けていたが、どれも圧勝と言っても過言ではない勝ちを得てきた。入学したての頃は物珍しさゆえに。それが過ぎれば今度は腕試しに近いものであった。ほとんどの者は勝てるとは思っておらず、胸を借りるようなつもりであったのだろう。
だが、ラピスは違う。
彼女はまさしく、本気でアルフィに勝つつもりで試合に臨んでいるのだ。
そしてそれは決して夢物語ではないのだと、アルフィのみならず会場内の皆にも感じさせるほどであった。
「──ぐっ!?」
死角から放たれた水弾に体を打ち据えられて、アルフィは呻く。実際に見えていなかったわけではない。ラピスに注意を向けていながら、視界の端には捉えていたはずなのだ。ただ判断が間に合わなかった。
「まだまだ行くよっ!!」
衝撃に意識を揺さぶられるアルフィに、ラピスは畳み掛けるように魔法を投影し追撃する。土属性魔法で迎え撃つものの、現状で優位に立っているのはラピスに違いなかった。
決闘場に散らばる水溜まりから投影される魔法は、おおよそが初級魔法から簡易な中級魔法。一撃必殺になり得る威力の攻撃は出てこない。だが一方で、アルフィの集中力を削ぎ落とし小さなダメージを蓄積させるには十分なものであった。
当たり前の話だが、決闘は生徒同士の一対一で行われる。正面から魔法を撃ち合うのが基本。けれどもラピスとの戦いにおいては、擬似的にさまざまな方向から狙われる対多戦をすることになる。
アルフィも、一対一での正面衝突バトルに限れば、一学年内で最も経験があるに違いない。昔から宿敵とやり合ってきたのだ。相手の機微や状況の流れを掴むのには慣れている。
だが、今回ばかりはアルフィも経験の浅い多人数を相手にする戦いを強いられていた。
無論、魔法を統括しているのはラピス一人だが、常に死角に気を配る戦いというのは初めてであり、それだけ神経をすり減らす。
「ありがたいよまったく! 油断してると高くなりそうな鼻が直ぐにへし折られる!」
同級生たちの戦いぶりをこれまで見てきて予感はあった。リース以外にも自身と伯仲するほどの少年少女がいるのだと。実際に体感し悪態をつきながらも、アルフィの口端には紛れも無い笑みが浮かび上がっていた。